この、地獄の中で。


燃やしてしまった言の葉の残骸



 破壊の炎は容赦なく全てを飲み込んでゆく。
 人も家も街も、犬も猫も木も森も。
 赤い舌は貪欲に蹂躙し、我が物顔で勢力を広げ、元々の発生源たるAKUMAすら焼く。

 レベルアップし、炎を操る能力を有したアクマとの戦闘の結果が、これだ。


 イノセンスは回収出来た。
 その点で言えば、任務は達成している。
 だが、街一つが炎に焼かれるこの光景を見て、胸を張ってこの場を去れる者など……それがたとえエクソシストであろうとも、いないだろう。

 視界が、世界が赤く染まる。
 夜の重苦しい闇さえも押しのけて、炎が天へ侵略しようと舞う。

 ―――手に持つイノセンスが、ひどく重い。
 戦争の行方を左右する結晶は、しかし火を消す奇跡は持ち得ない。

「はっ……」
 神田は鼻で嘲笑うように息を吐き、イノセンスを懐に収める。
 夢幻を鞘に納め、肌を焼く熱と距離を取りつつ周囲を窺った。
 町民の大半は探索部隊の誘導で非難しているはずだが、所々に逃げ遅れた者の死体が転がっている。
 生きているのは、神田と、そしてあともう一人。
 今は砕けて消えたアクマを倒した、リナリーだけだろう。

 ここはもはや、死と破滅の支配する空間と成り果てた。

 彼女の姿を探し、首を巡らす。
 飛んでくる火の粉や煙で目が痛み、生理的な涙が零れるも、雫は顎に伝う前にこの熱で乾いてしまった。
 いくら頑強なエクソシストとはいえ、長くこの場にいるのは危険だ。
「    」
 珍しく呼んだ彼女の名は、炎の爆ぜる音で掻き消えていく。
 おまけに、熱を持った空気は喉を焼き、酷い痛みに咳が止まらない。
 こんな中にリナリーがいるのかと思うと、神田の身体がゾクリと震えた。

 彼をも苛む赤き悪魔。
 あの小さな少女は、たやすく捕らえられてはしまわないか?

 否、と声がした。
 そんなヤワな女ではないと。

 わずかな遅滞もなく答えは出るのに、なんともいえぬ感覚は去らない。


 喉がカラカラだった。
 それが先ほどの戦闘のせいか、この火事のせいか、他の理由かは分からない、
 ただ、とても不快で仕方がない。
 元々気の長い方ではない神田はいい加減苛ついてきて、リナリーを置いて後方に下がろうかとも一瞬考えるも、結局また燃え落ちる街に目をやる。
 これが他のエクソシストならば早々と捨て置き避難するところだが、彼女だけは彼も放って置けなかった。

 ゴウ、と炎孕む風が暴れる。
 火は大気を食い、ますます勢いを増していく。

 結い紐が取れ、流したままの神田の髪が激しく乱されて、鬱陶しげに顔を振った彼は見つけた。

 ――――炎の中に立つ少女を。



 ぼろぼろの団服がはためいて、傷を負った白い肌を晒し。
 熱風で赤くも見える黒髪が翻る。
 折れそうに細いくせに、決して倒れない何かを纏って、彼女は立っていた。


 ―――名を。
 この灼熱の地獄の中で呼んだ名を、口の中で木霊させる。

 彼女が何を思い、あの場に立つのか、神田とて計り知れない。


 煙が染みたのか目が痛くて、視界を手で覆う。

 瞼の裏、消えない目の前の地獄。
 地獄に立つ破壊者。

(――――――――リナリー)

 身を包まんとする炎をものともせず、
 一心にどこかなにかを睨みつける彼女の美しさよ。




 燃えてしまえ、と神田は思った。
 こんな地獄も、あんな美しさも。
 全て燃え、灰になれと。

 破壊と破滅の美麗さなんて、あるべきではない。



 無意識に零れた感嘆の言の葉は炎の中に消え、向こうにいる声など届かなかったであろう女が振り返ったのが見える。
 それを確認した青年はくるりと踵を返し、崩れていく街に背を向けた。


 灼熱の地獄はそう時を置かず消えるだろう。
 だが、エクソシスト達の、戦争という地獄の終わりは見えていない。

 彼等の足は、止まる事を許されていなかった。











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