それは彼の特権。 PAIN いつものようにアルヴィスでの仕事を終えて―今日はやや残業があった―、一騎はすっかり「我が家」になった皆城邸に帰宅した。 同居人2人からは、帰宅の連絡をもらっている。 それを裏付けるように、家は明るい。 民家なのにやたら立派な玄関を開けたところ、一騎はささやかな違和感を覚えて訝しんだ。 ―――静か過ぎる。 3人の生活は騒がしいわけではないけれど、テレビやラジオの音、音楽が流れたり、話し声がしたり、そんな、人がいる音はある。 こんな時間が止まったかのような静けさはない。 買い物をするなどの伝言はなかったよな、と、一騎はそろそろ廊下を歩いていく。 竜宮島に泥棒の類は存在しないのだが、つい警戒してしまうのは人の常だろう。 パイロット任期終了後、特殊部隊へ来ないかと言われている彼の動きに音はなく、素早い。 リビングへの扉は開いていたので、苦もなくそのまま進んだ。 風呂場と洗面所方面に気配はなく、キッチン、テーブルは無人。ご飯の炊けた匂いが鼻をくすぐる。 入り口からは死角となっているスペースへ進んだ一騎は、やっと人を見つけてこの静寂の意味を理解した。 3人で住む事が決まった時に買った、3人専用と言っても過言ではないL字型ソファ。 それの中央、指定席に座る真矢と、彼女の膝に頭を乗せる総士がいて。 親友の顔は、信じられないぐらい青かった。 フラッシュ・バックだ、と一騎は眉を寄せる。 ジークフリード・システムを統括する彼を襲う、仲間達の過去の痛み。 現在、竜宮島のファフナー部隊はシステムが大幅に変更され、ジークフリード・システムを持つ総士・一騎・真矢の特別仕様の3機と、他の通常機で構成される。 かつて総士が全て引き受けていた諸々の負担を一騎と真矢が分担し、総指揮・前線隊長・後方隊長という3トップを軸として、戦闘や作戦を展開するのだ(この態勢は、彼等の存在を大前提としている為、3人が成人してシナジェティック・コード形成が難しくなると使用できないシステムなので、少し前から徐々に新態勢への移行準備が始まっている)。 これによって仲間達の痛みは総士だけではなく、一騎と真矢に分かれて伝わり、フラッシュ・バック現象は起こらなくなった。 が、これはあくまで蒼穹作戦からこっちの話。 あの4年前の―――最も激しく、哀しい戦いの痛みは、総士の身体から消えないのだ。 今でも彼はそれに苦しめられ、専用の鎮痛剤を常備している。 苦しむ総士を目にして、泣いたのは真矢だ。 ――以来、彼は、痛みに襲われると真矢のぬくもりに触れる。 それが、せめてなにか出来ないかと涙する彼女の願いであり、痛みの終わりを早くさせる魔法だった。 真矢の膝に突っ伏す親友の髪を、細い指が優しくやさしく撫でていく。 かすかに聞こえるのは、彼女の歌。 日本語と英語を操れる竜宮島の住人が分からぬ、不思議な耳触りの異国の言の葉。 意味は分からないけれど、きっとそれは、あたたかなものに違いない。 歌うひとと、同じく。 ――自分達の、去った者達の傷を、決して忘れぬ友に、感謝と尊敬を覚えるけれど、毎回彼女の膝に甘える事には、嫉妬を覚えてしまう。 本当に憔悴していて、それに心痛ませて泣く人の為にそうしている彼には、悪いと思うのだが。 特権だ、と一騎は考える。 これ以上はあまり見ていたくはないな、と一騎が踵を返そうとしたところ、声がかかった。 「かずき」 彼らしからぬ、幼子のような呼びかけ。 ただ純粋に、一騎の帰りを喜ぶ色がそこにはあって。 呼ばれた青年は、たくさんの感情がごちゃまぜになった泣き笑いのような表情で、ソファへと進む。 「おかえり」 「ただいま、そーし。大丈夫か?」 「ああ……なんとか」 彼の額に触れると、ひんやり冷たい。きっと、まだかなり辛いのだろう。 ソファ前のテーブルの上に薬のケースがあるから、それほど長くは続かないと思うのだが……やはり、心配だった。 「お帰りなさい、一騎くん」 「ただいま、真矢」 動けない少女の頬にかがんで口付け、じっと総士の回復を待つ彼女の頭を撫でる。 そんな一騎の行動にも妬かず、ぼんやり見上げてくる友人の頭にもついでに手を滑らせて、青年は自分のテリトリーであるキッチンへ向かう。 「よし。じゃあ夕飯は、あっさりだけどしっかり栄養が取れるものにしような」 嬉しそうな同意がふたつ返されて、一騎は笑った。 2人が、とても好きだと思う。 時にはケンカしても、また続いていく3人の日々。 そんな毎日を積み重ねていければ良いと、祈るように願うと同時に、そうしていくのだと決意する、いつもの夜だった。 *一期終了直後の執筆。 膝枕+お歌・頭撫で(髪梳き)付き。 同ネタ多数。 |