己の目に映る光景に、キニスンは狩人として鍛えられた目を疑った。

ある日の事


 森育ちのキニスンは人混みが苦手である。
用事があって仕方なく城内に赴いていた彼は、心持ち白い顔で外に出てきた。
「……増えたなぁ」
 このところ同盟軍は人が増え、本拠地であるこのデュナン城はいたるところに人がいる。それは戦力が増えたのを意味しているのだから喜ばしいのだけれど、人混みが得意でないキニスンとしては複雑なところだった。
 彼は素早い動きで人の間をすり抜け、先程までシロといた場所に急ぎ足で向かう。
 森の住人のキニスンとシロは、遠征がなければ大抵人のいなくて木がある場所にいた。
 ようやく戻ってきた馴染みの場所には、子犬のように丸まって身を寄せ合う、白い狼犬と少女の姿。
 とても良く知る相棒と軍主の義姉(あね)の、何とも言えないその様にキニスンは絶句した。
 幻ではないかと目を擦ってみても、一匹と一人は変わらずすやすや寝こけている。
 呆然とするキニスンが一歩踏み出せば、さすが感覚の鋭いシロが頭を上げた。
 近付いてきたのが心を許す人間だと分かっていたのだろう。彼はキニスンとちらりと見て、また目を閉じる。
 野生の獣よりは人に慣れているといえ、それでも易々と人に心を開かないシロが、自分以外の人間と共に寝るとは思ってもみなかった。
 その事に少しショックを受けたキニスンが、それでも一匹と一人の側に行こうと歩き出したその時、今まで微動だにしなかったナナミの身体がぴくりと震え、ゆっくりと頭をもたげた。
「ナ……」
 ナナミさん、と彼女の名を呼ぼうとしたキニスンは、焦点の合わない夜色の瞳にぞっとして口を噤む。
 ぼんやりと半分だけ開いた瞳は、明らかに寝惚けているとしか思えない。が、それはどこか艶めかしくて、少年は心臓の音が早くなった気がしてしょうがない。
 動けない狩人をよそに、寝ぼけているナナミは彼を認識したらしい。視線は少年を捉え、唸るように鼻に皺が寄る。
「……っ」
 今にも飛びかからんという様子のナナミに、戦士でもあるキニスンの身体が自然と緊張する。張り詰めた空気が流れるように思えたその瞬間、シロがぱっと起きてナナミに顔を近づけた。
 宥めるように頬を舐められ、顔を擦り寄せられたナナミは、それでキニスンを警戒しなくても良い人物だと納得したのか、また身を伏せる。
 しばらくして少女は健やかな寝息を立て始め、それを見届けたシロも、再び頭を落とした。

「……何だったんだろう」
 ようやく腰を落ち着けられたキニスンは、未だ身をくっつけて眠るナナミ達を見て独りごちる。
 まるで寝起きの獣のようであったナナミには驚いたが、それよりもシロとナナミの間にある空気に戸惑った。
 あれではまるで、狼の夫婦のようではないか。
「ずるいなぁ、シロ」
 好意を抱いている少女とぴったり寄り添う相棒に文句を言いつつ、シロを取られたような心地もして、やはり複雑なキニスンであった。
「ん……」
 小さくあがったナナミの声に、キニスンは慌てて口を塞ぐ。
 恐る恐る彼女を見てみれば、少しもぞもぞして、やがてまた静かになった。柔らかな表情の少女に、知らず少年の顔が綻ぶ。
 起きた彼女と相棒に、色々と尋ねてみよう――そんな事を考えながら、キニスンは眠気を覚えて目を閉じる。

 戦争の嵐が吹き荒れる今、誰もが微笑んでしまうこのような光景が、いつの日か何の心配もなく出来て、ありふれたものになると良い。
 欲を言えば、自分もそこに入っていれば良い。
 キニスンは心の底からそう思った。





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