風は前触れなく蠢き、突如止んだ。

風運び



「リオウ!!」
 思わず目を瞑ってしまった少年の鼓膜を、これまで生きてきて一番聞き慣れた声が叩く。
 なぜ彼女がここにいるかという疑問よりも、ようやく会えたという純粋な喜びで彼がぱっと顔を上げると、そこには予想通り大切な彼女の姿――は間違っていなかったが、彼女は一人ではなかった。
「探したよー、もう。どこに行ってたの!」
 地面に足をつけない彼女が、空中に浮いていられる要因の腕の中で怒る。
 ナナミはルックに腰をしっかりと抱かれ、また彼の首にがっしりと腕を回し、弟の心配をしていた。
「………………何、してるの?」
「え? 何が??」
 分かってない。
 何も分かってないと、リオウは眩暈がした。
 この姉は鈍いと承知していたが、まさか男に抱き締められているのに「何が?」とくるほど鈍いとは思わなかった。
「ルック、離して」
「今離したら、術の効果が切れるんだよ」
「ごめんね、リオウ。お姉ちゃん達、まだ行かなきゃいけないとこがあるの。
 鏡だけ渡すから、先にお城に帰ってて?」
「は!? ちょと、ナナミ……っ」
 ナナミがどこからか取り出した「またたきの手鏡」を差し出されるも、いったいどういう事なんだとリオウは憤慨する。
 状況把握もしたいが、それよりもナナミがルックの腕の中にいる方が気に食わない。
 とりあえず現状に必要な鏡を受け取るついでに姉を引っ張ってしまえ、と考えていたリオウだが、それを予想していたルックが上手い具合に身体を引いて、リオウの腕が虚しく空振る。
「文句ならあんたの軍師に言いなよね。
 僕だって、ずっとこいつを抱えて飛ばなきゃならないんだから」
「う……私、重くてごめんね、ルック君」
「別に、重くはないけどさ」
 痴話げんかにしか見えないやり取りにリオウの怒りはますます激しく燃え盛り、頭から湯気が出そうな勢いだった。
 そんな少年を、無表情ながらどこか得意げな顔で見下ろしたルックは、ナナミの耳元で囁く。
「そろそろ行くよ」
「あ、うん。お願いします」
「こらー!! ナナミを置いてけ!! 返せーっっ!!」
 既にリオウの手の届かないところへ避難してしまっている二人に、無駄と知りつつも彼は叫ぶ。
「ごめんね、リオウ―――! 今急いでるの―――っ。また後でね!!」
「ナナミぃぃぃぃ」
 そんな、と泣きたいような心地で姉の名を呼ぶも、無情な風使いは一時停止させていた術を再発動させる。
 彼等をとりまいていた小さな光が広がり、眩しい閃光になる。

 咄嗟に目を閉じたリオウが瞼を上げた時、そこには、どこまでも終わりのなさそうな草原しかなかった。
 ビッキーのテレポートの失敗で、一人放浪していたさきほどと同じく。


 ―――残された軍主殿はとりあえず、怒りを振りまきながら帰還し、軍師の部屋に殴りこみに行くのだった。




*思いついたのは、旅行会社のルックJ○Bという名前を見かけたからだったり。
 アッシーなルック。ナナミ専用。











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