"ユニコーンを駆りし乙女、戦場に降り立たん" ―――元新同盟軍兵士回顧録より一部抜粋。 駆ける者 小さくも無いが大きくも無い、かろうじて歴史に残るであろうそんな規模の戦争だった。 しかし、諸々の事情から兵を多く出せない新同盟軍は苦戦を強いられていた。 「騎馬隊の隊長と副隊長が戦死!?」 「はいっ、確かにこの目で確認しました。指揮する人間を失った騎馬隊は現在混乱状態です! どうしましょう、ナナミ様!」 ナナミの率いる隊は歩兵と応急治療の兼ねた特殊な隊で、今回の戦争では本隊と離れて行動する騎馬隊に随行していた。 主戦力であり、隊全体の指揮も兼任していたの騎馬隊の長が死んだという。もしもの際に代わって陣頭に立つ副隊長もいない。 この隊は奇襲や待ち伏せをする別働隊であったので、元々の人数が少なく、本隊へ指揮を乞う事も出来ない。 騎馬隊を指揮する人間は歩兵隊も指揮出来たりするが、歩兵隊の指揮官が騎馬隊の指揮が出来ない事はざらにある。ナナミの隊とは別の歩兵隊隊長に指揮を任せる事は不可能だった。 このままでは、部隊が全滅してしまう危険性が高い。 報告を聞いて瞬時にそう思ったナナミはさっと青くなり、次の瞬間同じように身体が熱くなった。 全身に心臓の音が響き渡る。それはひどくやかましかったが、そんな身体とは裏腹に頭は冴えていく。 『良いか、ナナミ、リオウ―――』 耳につく、低くて深い 幼い頃、冗談めかして語られた話の数々。それは大人が子供に聞かせるお伽噺のような調子を取りながら、その実、内容は――――。 「―――アルゼイドさん、うちの隊の指揮、お願い出来ますか?」 気が付けば、ナナミの口は言葉を紡いでいた。 「え? それは一体……?」 自身を補佐してくれる人間の動揺を見ながら、ナナミの心は静まっていく。 「……ジーク」 隣で疑問の言葉を続ける副隊長を横目に、幼い隊長は厳かに呟いた。 「ジークフリード」 同盟軍の中では、その種族故に有名な名。 人々に語り継がれる伝説の生き物。万能薬になる角を有す、白き聖獣。 「来て、ジークフリード!」 軍主の 口にはどこから持ってきたのか、手綱を咥えている。 呆気に執られる周囲をよそに、ナナミはジークフリードが持ってきた手綱を彼につけると、軽やかな動作でその身体にまたが跨る。 「このままじゃこの隊は危ないです。私が騎馬隊の指揮を執ります。アルゼイドさん、うちの隊は任せしました!」 「は、はい!!」 その声は、男に反論を許さない。それは同時に、彼女が騎兵達を指揮出来たのかという疑問もまた持たせなかった。 ジークフリードが高い嘶きを上げ、どの馬よりも早く戦場を駆けぬけていく。 誇り高き獣であるユニコーンが、手綱をつけて人を乗せるなどと、誰もが信じられない光景だった。 「騎馬隊! 私の言葉を聞いて!!」 それは、指示してくれる人間を失い、数で押され始めていた騎兵達にとっては救いの言葉に他ならず。 混戦の中、幼い少女が部隊を指揮するという事に疑問をもてるほど冷静な人間はなく。 名乗り出たのが軍主の義姉であった事が幸いして、ナナミはあっさりと指揮権を手にした。悲鳴と怒号に負けぬよう高い声を張り上げて、彼女は堂々と指示を出し始める。 一般兵よりも位の高い兵がそれを受けて馬を走らせ、ナナミもまたジークと走り出す。 白い聖獣を駆り、勇敢に敵を打ち倒していく少女の様を見た兵士は、別働隊に割り振られた――同盟軍全体でもほんのわずかだった。 重要な将を失い、戦死者を多く出したものの、隊は辛くも任務成功を果たした。 逃げていく敵軍を見ながら、残存兵がいないか確認をした兵士達は、やがて示し合わせたように一つの方を向き始める。 未だ敵兵の退路を見続けている、華奢な少女を。 「――ナナミ様」 わずかに残った将達が彼女の周りに集まり始め、中でも一番だと思われる年長者が、代表して口を開いた。 ナナミは我に返った様子で視線を戻すと、将達が一斉に腰を折る。 「え? え?」 見れば、割と無傷に近い兵士達までもが 「あなた様は、見事に我等を生かして下さいました。我等はあなた様に従います」 どうか、ご指示を」 彼女の戦い振りを見た兵士達が、異論を挟むはずがない。 皆が少女の言葉を待ってこうべ頭を垂れる。 ナナミはとまどった様子だった。 小隊を率いた事はあっても、これほどの人数を従えた事はない。彼女はただの村娘でしかなかったというのに、立派な兵隊達が主のように扱ってくるのだから仕方のない事かもしれない。 けれど、拒否する事は出来ない事は肌で悟る。 視線が泳いでジークフリードの目と合う。長い時を生きる彼の瞳は、言葉以上に何かを語っていた。 ナナミは意を決し、表情を改める。 将達が、兵達が、自分の決心に気付いて、喜びに空気を揺らせたのが分かった。 そして彼女は、兵達の望む言葉を滑らかに紡いだ。 "この戦闘の後、別働隊に参加した者の中には、軍主リオウ様ではなくナナミ様を主に仰ぐ者が密かに出た。かくいう私もその一人である。 恐らくそれは組織としてはあってはならぬ事であったが、ナナミ様はリオウ様の害となる事は絶対になさらない人間だったので大して問題にはならなかったのだと今では分かる。 ユニコーンを駆る彼女の姿は、神の御使いのようであった。 見る者を威圧する伝説の存在と、それを意のままに従わせる小さな少女。戦場にはありえない組み合わせは、我々に神話や伝説を思い出させた。 同時に、敵を屠る姿は、鬼のようであった。 明暗様々な紅でその身を彩り、恐怖と安らぎをもたらす夜の闇の色の瞳は生者を射抜く。 舞うように動いた手の先であがる断末魔。鋭さを失わずに宙に舞う棍は鮮やかで。 白と紅が彩る鬼は、冷徹な指示と鼓舞の声をあげる。 壮絶に、美しい鬼であった。 共に戦に参加していた親しい老兵は、思いを馳せたという。 ゲンカクの再来、と。 戦場でふるった魔法のような技までには及ばずとも、それに劣らぬものを見たらしい。 かつての英雄が目に浮かんだらしい瞬間、彼は子と同じくらい年の離れた少女を拝んで、涙を流していた" 同盟軍に多大な貢献をしつつも、歴史にはほとんど残らなかったデュナンの英雄の義姉は、彼女によって助けられた兵士が晩年に書いた本によって世に知られるようになる。 彼女を知る人は言った。 この少女こそ、戦争の一番の功労者だと。 |