君を愛してる

  1.桔梗
  2.リボーン
  3.ジョット
  4.綱吉
  5.骸
  6.雲雀











































1.桔梗


 デイジーの行動に悲鳴をあげ、自分の言葉に顔を青褪めさせた少女二人。
 その片方、やわらかな色彩を持つ娘を目に入れた時、身体に甘い震えが走った。

(アレが欲しい)

「白蘭様」
「ん、何?」
「ひとつお願いがあるのですが」
「桔梗が? 珍しいね。言ってみてよ」
「ありがとうございます」
 マシュマロを食む主の顔は笑っていたが、目の奥には試しているかのような鋭いものがある。桔梗は恭しく腰を折り進言した。
「ボンゴレの人間を一人、私にくださいませんか」
「え? 自分が殺るってこと? それとも何なに殺すなっていうこと?」
「後者の方です。可能であればで構わないのですが」
「ふうん。誰を?」
「笹川京子、とかいう名前の娘です」
「ササガワキョウコ?」
 白蘭はやわらかな白さを摘みながら首を傾げる。大袈裟なジェスチャーからさほど時を置かず、明晰な頭脳は名前に符号する情報を思い出したらしい。
「ああ、沢田綱吉クンのお友達の、何の力もない女の子ね」
「はい」
 我ながら驚きの願い出であるとは自覚している。たった数分、わずかに顔を合わせただけの娘を欲するなどと。
 だが理屈は今無用の長物と化している。身体が疼くのだ。あの汚れのなさそうな少女が欲しいと。
 桔梗は膝をついたまま動かず、悪魔の気分の行方を待つ。自身がどれほどあの娘を手にしたいと思っていても、主の意向は絶対だ。
 楽しい事が大好きな白蘭は、桔梗の予想に違わない答えをくれた。
「ひとつだけやってくれたら、生かしておいてもいいかな」
「何をいたしますか?」
「死ぬ寸前の彼等の前で捕まえたあの子を見せ付けて、最高の絶望を味あわせてよ」
「――ハハン」
 にこやかに放たれた残酷な発言に唇を吊り上げる。それはとてもとても男の好みに、望みに、ぴったりあった。
 桔梗は立ち上がり、顎に指を添えるミルフィオーレの敬礼を主に捧げる。

「ボンゴレ共の醜く歪んだ顔をあなたに捧げます」
 恭しくも隠しきれなかった陶然さがに濡れる言葉に、白い悪魔はやはり笑った。
「うん、楽しみにしてるよ」

(アレが欲しい。美しく滅びゆくもの。散らせはしない、私のモノ)

 桔梗は無自覚に、己の唇を舌で淫らに舐めた。








































2.リボーン


 なぜこんな事になっているのか分からない。
 そんな言葉がぐるぐるとひたすら頭の中を回っている。
「あ、頭下げておいてくださいね」
 そう言われたと思ったら、細く指のたおやかな手が予想外に強い力で頭を押さえてきたので、忠告に従い極力床に身を伏せた。そうしなければ、激しい撃ち合いの流れ弾に当たりそうだった。
 両手で頭部を守りつつ目だけで周囲を窺う。
 二メートル弱離れた場所にあったテーブルを横倒しにし、即席の盾にして銃を構えているのはインターネットのチャットで知り合った人物である。今日初めてオフで会った彼に連れられてこのバー、年月を重ねた内装と今時珍しいレコードによる控えめな音楽でとても雰囲気が良かったのに、今は銃撃戦の舞台だった。
 どうしてこんな事に――もう何度目か分からない疑問が浮かぶ。
 知人と共にワインを酌み交わしていたらバーの扉がやや乱暴に開かれて、店内にいた全員がそちらを向いた。注目を集めたアジア系の顔の男達は、ぐるりと周囲を見回すと各々銃を取り出し、人々を硬直させる。
 スーツ姿の強面な彼等は、驚いた事に自分の目の前に座る知人に鉛のある英語で何事か話しかけたが、答えは鉛玉で返され、かくして店内は映画じみた撃ち合いになったのである。
「どこのファミリーかしら?」
「外から流れてきたのは間違いねぇだろうな」
 うつ伏せている自分の前、やはりテーブルを防壁にして身を隠す男女二人はどことなくのんびりさを感じさせる会話をする。
 男性の方は、知り合いが突如銃を取り出した時点で固まってしまった自分の襟を引っ張って助けてくれた命の恩人だ。高級そうなブラックスーツに同じ色のソフトフェルトハットを被っており、ニヒルに笑うのがひどく似合う。
「さて、どうするか」
「こんなところで遠慮なく銃を持ち出すような人達、野放しにしたくないね」
 男の連れで、先程頭を下げているよう言ってきた女性は、はっと息を呑むほどするほど美しい。あどけなさが残しながら大人の艶を持つ顔立ちに、ぴったりとしたスーツに包まれた細い身体、タイトなスカートから覗く足は十分過ぎるほど男を煽る。
 唇を尖らせる彼女に彼は鋭い切れ長の目を細めた。
「ああ。あんなのを暴れさせて警察に収集させるようじゃボンゴレの沽券に関わるな」 「じゃあ?」
「オレ達で片付けるぞ」
「了解」
 言葉を交わす二人の表情はいつの間にか変質している。考えているものから獲物を見る肉食獣のそれに。
 彼等は手品みたく一瞬で銃を取り出し、慣れた様子で構えた。
 黒くて大きな銃と白くて小さな銃。それぞれの持ち主に似合うそれぞれの凶器はどことなく光って見える。人を傷つけるものが出す迫力に知らず喉が鳴った。
「大丈夫、あなたは傷つけさせません。落ち着いて。動かないでくださいね」
 携帯電話で誰かと話していた女は、混乱の中でもこちらの状態を見ているのか声をかけてきてくれる。あまりに普通な彼女の様子はパニックに陥りかけている意識をどうにか平常の端に留める。
 ガチガチと歯を鳴らしている自分を、もう一人の冷静な自分がどこからか観察しているのが分かった。
「増援が来るまで十分程。警察は押さえさせたよ」
 折り畳み式の携帯電話をパチンと閉じた女の言葉に、男が銃の先で帽子の先端を持ち上げる。男が見ても様になっている仕草にこんな時なのに不覚にも見とれてしまった。
「そんなにいらねぇな?」
「もちろん」
 問う男に頷く女。彼等の視線が交わったと思った時には、二人は動いていた。

 黒と白の銃が火を噴く。
 戦いは一方的で、まるで二人がダンスをしているようだった。


 まったくどうしてこんな事に!








































3.初代


『……お前を待っていた』
『ボンゴレの証をここに継承する』


 ビクリ、と自分の身体が跳ねたのを京子はまるで人事のように感じた。
 全身に何かが走ったような感覚。電気ほど強くも痛くもない、決して弱くないそれを例えるものが何か分からない。あえて言うならば数学の公式が閃いた時のそれに似ている。
「京子ちゃん?」
 アジト内の野菜畑で共に収穫をしていたハルが自分の異変が視界に入ったのか、赤々としたトマトの陰から歩み出てくる。
「どうかしました?」
「……ううん、なんでも、ない」
「そうですか? 顔色が悪いですよ?」
「そう?」
 傾けていたじょうろを腕に抱き、京子はすっと立ち上がる。努めていつもどおりの笑顔を意識して目を細めた。
「お世話が終わったら、ご飯の準備だね」
「そうですね! 今日は何にしましょうか。うう、ハルもっと料理を勉強していれば良かったです」
「私もだよ。毎日3食作るって凄く大変なんだね。お母さん達って凄い」
「帰ったらお母さんを労わろうと思います」
「うん。ここでいっぱい覚えて、帰ったら作ってみるよ」
 ハルとの他愛無いおしゃべりを交わしながら、京子は頭の片隅で別の事を考える。
 誰かが呼んでいると感じていた。

『見つけた』
 子供の京子には馴染みの無い、低く艶のある大人の男性の声。
『やっと、やっと』
 脳に響くそれに導かれ、友達と別れた少女の足はふらふらとアジトの廊下を行く。来た事のない場所は、非戦闘員である京子が案内された事の無い訓練施設の一室だった。
 エレベーターと直結しているそこは壁や天井があちらこちら壊れており、部屋の隅には良く知るクラスメイトが倒れている。
「ツナ君!!」
 夢見心地だった意識が覚醒し、京子は綱吉に駆け寄ろうとする。
 そこへ、前触れもなく一人の男が現れた。黒いマントをバサリと翻し、京子と綱吉の間に立ち塞がる。
 見た事のない存在に京子の足が止まる。金色の髪に燃えるオレンジ色の瞳の、綱吉と良く似た男の唇が動いた。
『私の宝』
 ゾクゾクゾクッと京子の背筋を走る寒気。ここまで連れてきた声の正体が目の前の人物であると気付くと同時に、なぜか両目からたくさんの涙か溢れた。
「あ…………」
 そんな少女に男は微笑む。表情の変化は小さかったがひどく嬉しげだった。
 涙で歪む視界の中、地に足をつけていない男が近付いてくる。恐怖は感じない。胸から突き上げるのは、狂おしい切なさと、懐かしさ。
 男の両手がするりと京子の頬に添えられる。
 クラスメイトに煮ているがやはり違う、近付いてくる彼の顔から逃れようという考えは起らなかった。
『ようやく会えた』
 そっと零された言葉は京子の唇に当たって砕ける。
 誰か分からない存在の口付けを、少女は歓喜の涙を流して受け入れた。








































4.綱吉


 オレのマドンナ。
 オレの女神。
 オレの――奇跡。


 強く深く心に住み着いていた幼い恋情と友情は、時の流れや関係や立場の変化を経験してゆるやかに形を変え、いつしか、憧れてやまなかった彼女をそういう対象から外していた。
 好きだと思う。抱きたいと、思う時もある。
 それでも、恋ではなくなったと心のどこかが言う。
「ツナ君?」
 目の前で彼女が呼ぶ。心配そうにこちらを覗き込んでくる目――顔が、近い。
 それもそのはず。綱吉と京子は、大きなダブルベッドで額をつきあわせて寝転がっていた。
「なんでもないよ、京子ちゃん」
 言いながら笑うと、視界に入った京子の左腕上腕部につい目を止める。聡い彼女はすぐそれに気付いた。
「気になる?」
「ならない方がおかしいよ」
 ため息をつく綱吉とは反対に京子が軽やかに笑う。
 彼女の白い腕にはボンゴレのタトゥーが刻まれている。マフィアの一家を継ぐと決めた綱吉へ、共に歩むと言ってくれた京子が見せた証。翻せば、それは綱吉の選んだ道でもあった。
 鼻が触れ合う近さにいる京子がとろりとした瞳を細める。
「あのねツナ君、私はみんなを選んだの」
「え?」
「ツナ君、お兄ちゃん、獄寺君、山本君、雲雀さん、骸さん、クロームちゃん、ランボ君……ボンゴレの"みんな"と一緒にいる事を選んだ」
 まっすぐに見つめてくる京子の表情は、全てを知っているかのような静けさを持っていて背筋がぞわぞわした。
「もう誰も選ばない。だから、このタトゥーで分かりやすく示したの。私は"ボンゴレのもの"だって。ねえお願い、ツナ君が負い目を感じないで」
 そっと微笑む、綱吉達と共に行く未来を望むが、誰の妻にもならないと宣言した美しいマドンナ。彼女の紡ぐ言葉は、ボスとなる時にたった一人の大事な人間を作る事を諦めた綱吉にとても優しい。
 一人なのは自分だけではないという、矛盾した連帯感が安堵をもたらす。
 こみあげる嬉しさと罪悪感に綱吉は小さく息を吐く。
 いつからか想いは質を変え、彼女との間には不思議な絆が宿っていた。自分をしっかりと立たせてくれる温かな繋がりに胸に熱いものがせり上がってきて、綱吉はベッドから上半身を起こす。
 京子は突然の男の行動に驚かず、黙って自分も身を起こした。
「京子」
「はい」
 綱吉の声の調子で判断したのか、京子も真剣な顔で向き直る。
 ずっと考えていた。守護者達それぞれに名があるように、当代限りだろう彼女の存在にも確固とした名――証明を与えたいと。
「君に名を贈る」
「はい」

「ブルー・ローズ」
 色素がない事から、かつて不可能と、有り得ないと言われた青い薔薇。
 近年、人の手で生み出された事から奇跡とも神の祝福とも幻の花の名は、綱吉の女神にこれ以上ないほど似合う。
 明日になれば京子を伴ってイタリアへ戻るボンゴレ十世は、告げられた名前に目を丸くする彼女に泣き笑いの顔をする。

 オレの奇跡。
 もう元の世界には戻してあげられない、闇に魅入られたかわいそうな人。

ボンゴレ(オレ)の青薔薇」

 それでも彼女は幸せそうに笑うから、掌にあった罪の意識を綱吉は手放した。








































5.骸


 生身でどちらかの誕生日を迎えるのは初めての事だと、遅ればせながら気付いた。

 今までは骸が水牢に幽閉されていた為、幻の中での逢瀬だった。
 相手が夢見がちなせいもあって、その想像力から色とりどりの花畑や零れ落ちてきそうな星空、青々とした森に、底まで見えるほど澄んだ泉など、ファンタジーに近い景色を骸が創ってその中で祝った。
 では現実ではどうするのか。
 考えて、自分が人の生誕を祝った事がないと骸は笑った。
 どうすればいいのか、なんとなくの知識はあってもそれで合っているのか、彼女が気に入るのかが分からない。たった一人の女の為に脳を使う己はひどく愚かしく滑稽だと骸は思ったが、思案は止めなかった。
 ――結局何も思い浮かばず、時間ばかりが過ぎて。
 その日の目前には逃亡仲間達とパーティーを兼ねた夕食を共にするのも決まってしまって、仕方なく骸は本人に聞いてみた。
「何が欲しいですか?」
 隠れ家に帰宅して早々の男の発言に、問われた女はきょとんと目を丸くする。小首を傾げる仕草が加わって疑問符を返されて、自分で考えつかなかったばつの悪さについ目を逸らす。
「明日は君の誕生日でしょう
」 「ああ」
 京子の誕生日の料理は私が作るから! とクロームにキッチンから追い出されたくせに鈍感な彼女は、何を言われたのかをようやく理解して頷く。
 半眼で見下ろす骸に何を思ったのか、悪戯を考え付いた子供みたいな癖のある笑顔で京子は言った。
「何でも良いんですか?」
「僕で用意出来るものでしたら」
 世界中に隠し口座を持ち、憑依弾で乗っ取った人物の財産も己の物同然という、逃亡者でありながら潤沢な資金源を持つ骸にとって、買えないものはあまりない。
 いつ何が起こるか分からないので浪費はさほどしないが、たまに恋人に高額なプレゼントを贈るぐらいの甲斐性はある。
 何を強請られるかと待つ事しばし、京子は予想外のものを願った。
「じゃあ骸さんの時間をください」


 まだ寒さ残る三月の朝。
 暖房が入っていない室内は空気こそピンとしていたが、毛布に羽毛布団という重ね掛けをしたベッドは人の温もりも吸収してとても暖かい。
 素肌に当たる布団の感触のやわらかさと、隣の人物が動いた事で出来た隙間から入る冷たい空気に生理現象で鳥肌が立った。
「あまり動くんじゃありませんよ」
「……んぅ…………」
 まだほとんど寝ている京子を引き寄せる。いつの間にか彼女は骸に背を向ける姿勢になっていたので、腕の中に抱き込むと男の胸に女の背中が当たる形になった。
 京子の細い首に腕を入れ、肉付きのよくない腰にも逆の腕を回し、折れないのが不思議な両足に自分のそれを絡めた。
「む……くろ、さん?」
「目が覚めましたか?」
「まぁーだ……」
「お姫さまの望みのままに」
 気障な台詞に京子はくすくす笑声を零す。意識は半分くらい現実を認識しているらしい。
 ベッドの中で密着していると、どちらも長いせいか骸の黒髪と京子の黄朽葉色の髪混ざり合う。それをなんともなしに眺めてると、彼女が自分の顔近くにある黒髪に頬ずりしたのを見てしまった。
 安心しきったその顔の、あまりの幸せな色。
 らしくないが自分の頬が熱くなったのを自覚する。鏡なんて見られない。この体勢で良かった。
「誕生日に骸さんと一緒にいられるなんて、これ以上嬉しいことはないです」
「そうですか」
「はい」
「安上がりですね」
「あら。人の時間をもらえるって一番贅沢じゃないですか?」
 それは確かに一理ある気がしたので無言で肯定の返事とした。
 京子が完全に覚醒したのを察して、骸は腕に力をこめる。

「Buon compleanno!」
 初めて、愛しい女の生誕を肉声で言祝いだ。








































6.雲雀


 人があまり来ないポイントは、学校の中でもいくつかある。そこはえてして"秘密な事に使われる場所だ。
 たとえば告白。これは良い方。
 たとえばいじめ。これは悪い方。
(ついてないなぁ)
 京子は表面に出さないように胸中で溜息をつく。
 今日は自分の誕生日で、朝から家族に祝いの言葉をもらい、登校しては友達や先輩後輩におめでとうと言われ、嬉しい事ばかりでみんなに感謝をしていたのに、それがどうやら面白くない人がいたらしい。
 伝言で呼び出された時点で悪い予感はしていた。
「何とか言いなさいよ」
 伝え聞いた通りに校舎裏に訪れたところ、瞬く間に三年生の女生徒に取り囲まれ、悪意塗れの言葉を投げつけられた。それに対して何も言わなければこの通りの文句。答え返したら生意気と反感を買うのだろう。
 小学生の頃もあったが、中学生になりマドンナ等と周囲に騒がれるようになってからは特にこの手のトラブルは経験していたので京子は冷静だった。
 相手は二週間ぐらいで卒業する最上級生。最後だからこういった行動に出たのかとぼんやり想像する。追い詰められているはずの京子の反応の鈍さを察知した女生徒達三人は、怒りにか顔を赤くして形相を険しくした。
「ぼんやりして馬鹿にしてるの!?」
「なんであんたなんかっ」
「ちやほやされて調子に乗ってるんじゃない!!」
 口々に叫ばれ、距離をじわりと詰められると身の危険を感じる。
 こういう時、状況によって突き飛ばされたり叩かれたりするか、もしくは走って逃げて終わりにする。今日はこれから花や綱吉達がバースデーパーティを行ってくれるというので、体に傷をつける事は出来ない。
 すぐさま次の行動を選択した京子はこっそり深呼吸する。そこへ人間とは違う独特の声が滑り込んだ。
「キョーコ、キョーコ、見ツケタ!」
 単語を繋げた文章の終わりには囀り。淡い黄色の羽毛の塊が少女の間を旋回する。
「ヒバードちゃん」
「何あの鳥……?」
 京子の右肩に着地した生き物に顔を見合わせる三年生。彼女達の顔色は降ってきた声で一変した。
「ワオ。こんなところでこそこそ群れてるなんて良い度胸だね」
「!!」
 その口癖と"群れ"という単語は、並中生に一人の男を連想させるのに十分なものだ。学校の――町の支配者。人の集まりを嫌う暴君は、どこからか身軽に飛び降りて三年生達の後ろに立つ。
「ひっ雲雀さん」
「あ、ああああのあのあの」
「私達っ、その」
 京子を囲んでいた時の態度と一転してうろたえる女生徒は、現れた雲雀の一瞥に言葉すら出せなくなる。不機嫌さを隠さない少年は一歩踏み出す。
「ねえ君達。僕の前で群れたら……どうなるか知ってる?」
「ひぃっ!」
 悲鳴をあげ、口々に謝罪の言葉を上げて三人が一斉に走り去る。友人を気遣う余裕もないのか方々に散っていく姿はいじめの加害者には見えなかった。
 並盛の王様に助けられた京子はほっと息をつく。
 こういったトラブルが初めてではないとはいえ、怖いものは怖い。切り抜けられた事に今更身体が震えた。数回ゆっくりとした呼吸を繰り返して、黙って待っていてくれた雲雀に礼を述べる。
「ありがとうございました」
「君は絡まれやすいね」
「あはは……」
 切り捨てるような指摘に苦笑する。こうして助けてもらったのは初めてではないから否定は出来なかった。
「キョーコ」
「鳥さんもありがとう」
 頬に頭を擦り付けて甘えてくる小鳥を撫でると、ささくれ立った心が落ち着いてくる。京子の動揺が鎮まってきたのを見計らってか雲雀が近付いてきて、少女の頭を撫でた。
「弱いくせに群れて立ち向かわないあたりは良い」
「雲雀さん……」
 少女の髪をかき混ぜた手が学ランの胸ポケットを探り、そこから紙袋を取り出す。小さくて焦げ茶色の簡素なそれは京子の前に掲げられた。
「あげる」
「え?」
 どうして彼からもらえるのかが分からなくて受け取らずにいると、形良い眉がついと寄る。その気分を害する寸前の顔に慌てて紙袋を手にすると、彼はあっさりと身を翻した。
「じゃあね」
「あの、雲雀さん、色々とありがとうございました」
 兄の友人であり、学校の権力者だという印象が強い彼に向かって、頭を下げる。雲雀は顔だけで振り返って素っ気無く言った。
「誕生日おめでとう。寄り道しないで帰りなよ」
 ひよこ色の鳥を伴って颯爽と消える風紀委員長。
 残されたのは、予想外に誕生祝の言葉をもらって顔を真っ赤にした少女が一人。










お読みくださりありがとうございます。
突貫製作でただでさえ未熟なところ、さらに拙い作りである事を深くお詫び申し上げます。

京子ちゃん誕生日おめでとう!!
inserted by FC2 system