*京子中心、ドン・ボンゴレ・守護者継承シーン捏造です。 その日、闇の世界はひそやかに震えていた。 キャバッローネファミリーのボス"跳ね馬"ディーノは、目的地まで辿り着いたところでエスコートしていた女性を振り返った。 「ここまで来ておいてなんだが、本当に良いのか?」 「ディーノ殿!」 同道していたバジルが叱責に近い諌言を発する。 ディーノはそれに構わず、言った相手を見下ろした。 「はい」 彼女は落ち着いた答え返す。 そこには、決断した者の覚悟が宿っていた。 ディーノは自らの発言が愚拙であった事を悟り、目を閉じる。 今までエスコートしていた腕を解くと、一歩下がってゆるやかに腰を折った。 「――先へ」 扉を開きながら、ディーノはこの先の事を思う。 とりあえず、自身にとって忘れられない日になるだろうと、それだけは確実だと分かっていた。 蝋燭の火のみが光源の、暗い道を進む。 カツンカツンと淀みのない歩調で進む彼女の後に続きながら、バジルは胸の興奮を抑え切れないでいた。 自らの両手が捧げ持つのはボンゴレリング。 時を移さず継承の儀式が行われ、持つべき守護者達に正式に授与される。ボンゴレファミリーは新たなものとなるのだ。 彼を打ち震えさせるのはそれだけではない。 今追従する彼女の、短くない付き合いの中でも知らなかった美しさと気高さが、バジルの心を打って止まない。 彼女の手によるボンゴレリングの授与。 それはどれほどの誉れを与えるだろう。 バジルはその一点で十代目と守護者達に嫉妬を覚える。 さざめく感情を抱いて、黒いドレスからのぞく白い背中を追う。彼女の髪や腕、腰に絡まる飾りのしゃらりと鳴る音が耳に心地良い。 やがて第二の扉が目に入ってきた。 見苦しくない程度に歩く速度を上げ、京子が辿り着く前に扉の前に控える。 リングホルダーを左手に乗せ、右手をドアノブにかけてバジルは口を開いた。 「宜しいですか、京子殿」 それは、キャバッローネのボスが発したものと似ているようで非なるそれ。 「はい」 先程のディーノへの返答同様、答えはすぐに返ってきた。 元は一般人でありながら、今はこうも頼れるファミリーの女神となった彼女――笹川京子に心からの敬意を湛えて男は笑んだ。 「では、参りましょう」 扉が開かれる。 後戻りは出来ないと知りながら、それでもあの扉が最後の帰り道だと思っている自分を沢田綱吉は笑う。未練がましいのは分かっていた。 きっと、入室してきた彼女の方がよほど潔い。 自分達と同じ道を歩むと選んでくれたひと。 本当は、来ないでくれと願った。 本当のほんとうは、どうか来てくれと祈った。 相反する想いはせめぎあってツナを沈黙させ、そんな彼をよそに京子はやって来た。 闇の世界の顎が開くこの場所へ。 扉の脇で待ち構えていた沢田家光とリボーンに頷いて、ツナと守護者達のいる場所に歩いてくる彼女と視線が絡む。 凛とした顔も澄んだ榛色の瞳も、彼女をずっと見続けてきたからこそ分かる小さな揺れがあった。 不安、恐怖、緊張――しかし迷いはない。 だからツナは笑った。 感謝と謝罪をこめて、互いに落ち着けるように。 瞳を細めて京子が答え返したのを見て取った彼は、ひとつ呼吸をして声を出す。 「 女がきゅっと唇を結んだ。 「――これより、ボンゴレ継承の儀式を執り行う」 いつもやわらかな声のはじめて聞くような硬質の宣言に、部屋の空気がピンと張り詰める。 半円を描く形で立つボンゴレボスと守護者達は、らしくもなくも背筋を伸ばし直立不動の姿勢を取った。 「継承の承認は、ボンゴレ 滑らかに言葉を紡ぐ京子より数歩下がった位置で立つリボーンが、彼女の言葉を受けてうっすら誇らしげな色を佩いた表情で口を開く。 「我等、沢田綱吉をボンゴレ十代目と認め」 切られた文言を、どこか痛みを含んだ苦い顔で静かに家光が続けた。 「十代目守護者達の継承を認証する」 二人の応えを受けて、儀式を司る京子が頷く。 リングをこれへ、という言葉が彼女から放たれた次の瞬間、両端の二人を除いた守護者とボスがその場に跪いた。 儀式の決まりに従わない守護者を気配で察した獄寺隼人が眉を顰めるも、顔や声を上げたりは出来ずに沈黙を守る。京子は雲雀恭弥と六道骸の顔をそれぞれ一度ずつ見た後、後ろに控えているバジルを振り返った。 京子の腕に絡み付く飾りがかすかな音を立てる中、彼女がまず手にしたのはファミリーの名が刻まれたリング。 リングの中で唯一石を持つそれを両手で持ったボンゴレの女神は、所持者の前に立った。 「全てに染まりつつ、全てを飲み込み包容する大空――ボンゴレ 「はい」 ツナが顔を上げて右腕を差し出し、京子は男の手を取って彼の指にリングを通す。 ボンゴレ十世はリングを額に当てて、きつく目を閉じた。 次に京子が向き直ったのはボスの右隣。 昔から変わらないこの位置にいる獄寺にとって、この上なく名誉の言葉が降る。 「荒々しく吹き荒れる疾風。常に攻撃の核となり、休むことのない怒涛の嵐――獄寺隼人」 「 恭しく嵐の守護者は答え、その手を京子に委ねる。 リングを見る表情には紛れもない喜びがあった。 ボスの右腕の次は、かけがえなき左腕となる者。 いつもと同じ泰然としている山本武は、京子を前にしても変わらない。 「全てを洗い流す恵みの村雨。戦いを清算し、流れた血を洗い流す鎮魂歌の雨――山本武」 「うす」 儀式には少し不似合いな応答ではあったが、京子は涼しい顔でリングを授ける。 野球をやっていた頃とは違うものを握る手を、雨の守護者は悔やまない。 儀式の執行者は半円の反対側――自身の兄の前に進む。 彼等は表面上変わりなく、しかし笹川了平の拳は震え、京子の装飾具はいたずらに鳴った。 「明るく大空を照らす日輪。ファミリーを襲う逆境を自らの肉体で砕き、明るく照らす日輪――笹川了平」 「おう!」 返事は、どこまでも晴の守護者らしい大きさと潔さで。 力強く握られる拳に、女神は瞳を閉じた。 当代守護者の中で唯一の他ファミリー、昔の腕白さなど微塵も感じさせない落ち着きを持ったボヴィーノのランボは膝をつく。 「激しい一撃を秘めた雷電。雷電となるだけでなく、ファミリーへのダメージを一手に引き受け、消し去る避雷針――ランボ」 「 成長した雷の守護者の顔はやわらかく笑む。 出会った頃からは想像も出来ない余裕ある態度に、リングを授けた京子もわずかに目を眇めた。 半円の右端、膝をつかない人間の一人――雲雀と京子が相対する。 冷たい眼差しと透明な眼差しが絡まり合い、ゆるやかに解かれる。雲雀は、静かに女の前に跪いた。 「何者にもとらわれず我が道をいく浮雲。何ものにもとらわれることなく、独自の立場からファミリーを守護する孤高の浮雲――雲雀恭弥」 雲の守護者は答えない。 了承であり、その逆でもあると態度で示す彼は、しかしリング授与を拒まなかった。 最後に京子が向かうは、二人にして一人、一人にして二人の異端の守護者。 その片割れ、すでに頭を垂れているクローム髑髏の髪飾りが控えめに光を反射する。彼女の横で、膝を屈さぬ最後の一人――骸が冷たく骸が笑んだ。 「実態のつかめぬ幻影。無いものを存るものとし、存るものを無いものとすることで敵を惑わし、ファミリーの実態をつかませないまやかしの幻影――クローム髑髏、六道骸」 「Si, signora」 答えたのは女の霧の守護者だけ。彼女の指に霧のハーフリングが通される。 男の霧の守護者は、無言でじっと自分を見詰める京子の手を自ら取って、口元へ運んだ。 「女神の仰せとあらば」 細い指先に口付けてゆるりと膝をつく様はどこか慇懃無礼で、男の霧の守護者の本音を透かし見せる。 ハーフリングをその手に与えられながら、彼は行動で「気が向いた時だけだ」と語っていた。 最初に宣言を放った場所に再び立った京子は、並ぶボンゴレの幹部達を見下ろす。 一様に跪く男達を前に、手を祈る形で組み言葉を紡いだ。 「継承は成った」 落ちていく瞼。彼女の横顔は泣いているようにも見える。 ――しかし、開かれた双眸は強い光を湛え。 「ここに、ボンゴレ十世と十代目守護者達の襲名を宣言する!」 彼女の纏う宝石にも涙にも似た宝飾が小さな光源で煌きながら、女神の祝福と束縛は鋭く落ちた。 一斉に立ち上がった者達一人一人と視線を合わせ、京子は最後の文言を口にする。 「受け継がれしボンゴレの至宝よ、若きブラッド・オブ・ボンゴレに大いなる力を」 光る大空のリング。 銀色のそれから立ち昇る炎は優しく所持者を包み、ファミリーの女神の名を与えられた女をも包みこんだ。 燃える焔を纏う彼女は、ゆるやかに腕を広げる。 「守護者達に、加護を」 京子とツナの炎は守護者達に移り、七つのリング全てが眩い光を放って新たなる継承者達の誕生を認めた。 ボンゴレ十代目ファミリーは歩き出す。 「――さあ行こう。ボンゴレを壊しに」 のちに最後のボンゴレとなる男が言う。 「お供します、十代目」 最高の右腕と称された男が続き。 「俺達が揃ってるんだから、負けないさ」 剣帝の名を生涯譲らなかった男も並んだ。 「極限に燃える。正義は勝つのだ!!」 ボンゴレの日輪であり続けた男は吠え。 「やれやれ。まさかこんな話になるとは」 ボヴィーノの雷帝の名を轟かせた男は肩を竦める。 「興味ないね。勝手にやれば」 つかず離れずを貫いた守護者最強の男は言い切り。 「ボスについていくけれど、骸様の望むままに」 影ながらファミリーを守り通した女術士はさらりと述べ。 「それよりも、いつ寝首をかかれるか心配した方が良いですよ」 ボスと終生敵対した稀有な守護者は笑った。 「 ボンゴレの支えであり柱であり導きであった女は、誰にも聞こえないようにそっと呟き、先を行く仲間達の後を追った。 ――その日、闇の世界は震えていた。 もっとも暗く、深きボンゴレの新たなる門出に。 慄き、祝い。 うねるように、震えていた。 あたたかくひかり溢れていた昨日に別れを告げて 僕たちは暗く血にまみれた明日へ行く *守護者の使命は原作より。 某さんと合作予定のものです。 |