彼女に近付く者を、許しはしない。 Cross swords ルナマリアを探して射撃訓練施設を訪れたレイの耳に入ったのは、弾む彼女の声。 「ハイネ!」 「あぁ?」 「ご指導ありがとうございました。いつか食事に誘ってください!」 彼女の輝くような笑顔に、思わず眉を顰める。ルナマリアがあんなに無防備な顔をするのは、実は珍しい事なのだ。 笑みを向けられた男もまた、優しく破顔する。 「必ず、な。 見ててやるから、なれよ」 「もちろんです!」 ハイネが出て行ってすぐ、レイは自分から「何かあったのか?」とルナマリアに声をかける。これまた珍しい少年の行動に、少女は目を瞬いた。 「何もないわよ?」 「しかし……」 「鈍いわね、レイ」 射撃の下手な彼女だから、自然この部屋では不機嫌な表情が多いというのに、ルナマリアは晴れ晴れとした顔で言い切った。 「秘密よ」 その時胸に湧き上がった感情を、なんと言えば良いのだろう。 男の赤服よりも、女の赤服の方が数が少ない。 それは性別による能力の差というどうしようもない問題であり、メイリンに言わせればだからこそ、ルナマリアの赤服は男のそれよりも重いのだという。 確かにそうだろう。 体力的に劣ってしまう女のルナマリアが、男でも達する事が難しいトップガンになるには並大抵の努力ではなかったはずで、その一片をレイとシンは見てきた。 彼女はいつだって努力を惜しまない。果たして赤服を纏う身となっても、それは変わらないのだけれど、今日は特に気合の入りようが違った。 得意とするが故にあまり行わない、格闘訓練の相手を頼んできたのである。 ルナマリアはMS・生身を問わず、格闘戦に関しては3人の中でトップの実力を誇る。 慢心しているわけではないだろうが、弱点を克服しようと訓練する傾向が強かったので、射撃訓練を終えた彼女からスパーリングの相手を頼まれた時には驚いた。 軍人が訓練をする理由は必要ないけれど、問いたくなった。が、またはぐらかされそうで口にはしない。 急ぎの仕事もなかったので了承し、部屋に取りに戻った訓練用の服を手に専用の施設へ向かう。 歩きながら閃いた。 あのルナマリアから、上手くして"秘密"とやらを聞き出す方法を。 実力を考えれば分が良いとは言いがたいが、現時点では最も可能性が高い。そう判断した時点で、レイは決行を決めていた。 着替えて向かった格闘訓練スペースには、既に準備万端ナルナマリアと、心配そうに彼女に話し掛けるメイリンがいた。 軍人ではあるが職種上後方に配され、気質も女の子らしいメイリンは、こういった生々しく"争い"の訓練を嫌っているフシがあるので、本当ならば止めて欲しいのだろう。 それを口にしないのは、せめてもの軍人としての意識か、姉の職種を思ってか―――。 「付き合わせて悪いわね、レイ」 入室した彼に、ルナマリアが片手を上げながら謝罪する。 「構わない」 誰か他の者が相手をする事になるぐらいなら、自分が。 レイは、自分が彼女へ向ける感情の凶暴さを自覚している。 「いつ終わるか分からないから、待ってないでね、メイリン」 「うん。でも少し見てる」 姉妹の仲睦まじさ腹立たしく思う。 そんな自分を知ったら、健全な精神を持つルナマリアはどうするのだろう。 想う相手をどこかへ閉じ込め、自分以外を見ないようにしたいレイを、拒絶するだろうか。 「ルールはいつも通りで良い?」 時間無制限一本勝負。 シンを入れた、生粋のミネルバ赤服3人組が好む格闘訓練の勝負方法。 無論レイに異存はなかったが、彼は同意を示してから、こちらを窺うメイリンに届かぬ小声で述べる。 「ひとつ提案がある」 「?」 ルナマリアは優秀だ。 小声のレイに合わせて、なんでもないフリをして言葉の続きを待つ。 「俺が勝ったら、先程言っていた秘密とやらを教えろ」 ぱちりと少女の瞳が瞬く。 とても意外そうに。 「そんなに知りたい?」 「理由なくお前が訓練漬けになるとは思えないからな。付き合わされる方になれば、気になっても不思議では無いと思うが?」 至極まっとうな言い分にルナマリアも納得の色を浮かべるが、これは完璧すぎる建前。本当はただ単に、彼女とあの男の間に共有するものがあるのを許せないだけだ。 「良いわ。レイが勝ったら、教える」 煌めくアメジストの双眸。 楽しそうなのは一瞬だけで、次には冷酷な光を浮かべる。 相対する少年もまた雰囲気を硬質化させて、二人は礼もせずに間合いを取った。 普段は短気なくせに、こういった時だけ、ルナマリアは気が長い。 張り詰めた緊張感の中で疲労せず、自分の好機を辛抱強くじっと待ち続けられる。シンは対照的に我慢出来ないで攻撃を繰り出し、彼女に返り討ちにされるのだ。 レイはどちらかといえば待てる方なので、二人が訓練をすると始まるまでが長い。 お互いが機を読み、動くか動かないかを探り続ける。 と、そこで、動きがあった。 常なら気にならぬドアの開閉音。人が入ってくる気配。 両者は相対する者から意識を逸らさなかったが、向き合う緊張感が限界である事は分かっていた。 レイが動いた。 手加減のない右ストレート。これが外れる事など分かりきっている。 想像通りルナマリアは最小限の動きで攻撃を避け、続いて少年は攻撃を繰り出す。誰かが息を呑んだような音が聞こえた。 弾丸のようなニ撃目も避けた少女は動きを止める事無く、レイの足を崩しにかかる。彼は無理に抵抗せず足を払われて、すかさず右手を床につき、片腕一本で身体を持ち上げて蹴りで攻撃した。 襲い来るもののスピードに深追い不可能と判断したルナマリアは俊敏に身を引き、その隙にレイも足を地に付ける。 少し離れた少女が笑み、少年もまた無意識に笑う。 力のぶつかり合いは、共に嫌いではない。 ルナマリアはゆるやかに構えを変じていく。攻防一体の型から、攻撃のみを前提に置いた型へと。 勝負は――――これからだ。 結果は、レイの負けに終わった。 彼には負けられぬ理由があり、今までのどの訓練よりも力を入れて粘りを見せたが、今までと感触の違うルナマリアにはかなわなかった。 彼女の戦い方が、変わっていたのだ。 使う攻撃やパターンはレイやシンが使う、殺人を目的とした軍隊格闘術だが、そういうものの変化では無い、しかし明確な違い。 雰囲気とでも言おうか。 これまでが抜き身の刃の鋭さとすれば、今は風に揺れる柳。決して弱々しいわけではなく、むしろ刃であった時の折れそうな感じが綺麗に拭われている。 つい数日前に訓練した時は変わらなかったというのに、いつの間に強靭なしなやかさを手に入れたのか。 今のルナマリアは、強い。 理由もなく思う。 「……何か、あったのか?」 用意していたタオルで汗を拭くレイが訊ねると、スポーツドリンクを飲んでいたルナマリアはストローから口を離し、そっと言った。 「ちょっと、ね。 心境の変化っていうか、意志の再確認っていうか……まぁ、そんなとこ」 何事もきっちりしている彼女が、言葉できちんと形にしないとは珍しく、やはり例の秘密とやらに関連している事が窺えて、少年のはらわたは煮えくり返る。 苦笑するルナマリアの、纏う空気のやわらかさ。 憑き物が落ちたような清々しげな顔が、眩しい。 「おね……」 「ルナマリア・ホーク!」 「Yes, sir!!」 軍人の条件反射が、ルナマリアには美しい敬礼を行わせる。 今まさに姉を呼ぼうとしていた妹は唖然として、レイは眉間に皺を刻んだ。呼ばれた方向に身体を向きなおし、敬礼をしているルナマリアだけが平静だった。 「訓練で疲れてるとこ悪いんだがな、少し付き合ってくれるか?」 「仕事ですか?」 「そんなところだ」 「了解」 特務隊FAITHの要請は、本来の仕事に支障が出ない限りは優先される。いかなメイリンとレイであれ、それを邪魔する事は出来なかった。 「付き合ってくれてありがと、レイ。メイリン、後で話聞くから、今はごめん」 「うん……行ってらっしゃい」 軽やかに更衣室へ駆け込んでいくルナマリアの後に、ハイネが出口へと進む。 彼はちらりとレイを振り返り、わずかに口の端で笑うと出て行った。 「私、あの人嫌いだわ」 姉を取られたメイリンが、不機嫌そうにぽつりと言う。 全く同感のレイだったが口に出しては言わず、理由を聞いてみた。 「あの人、お姉ちゃんを狙ってる」 ルナマリアに近寄る男を撃退し続けてきた妹の勘は、恐らく正しい。 仕事についてで、ミネルバの赤服の中で隊長格のレイを差し置いてルナマリアを同行させるあたりでも分かるが、それよりもあの男は、去り際に見事な宣戦布告をレイにしていった。 "もらっていくぞ"、と、奴は無言で言ったのだ。 「だから嫌い。私からお姉ちゃんを取る人は、みんな大嫌いよ」 ぎりりと唇を噛むメイリンの顔は険しいが故に想いの強さを知らしめて、見下ろすレイを冷たい視線で射抜く。 「だから、あなたの事も嫌いだわ。友達としては好きだけど、嫌いよ。 あなだってそうでしょう?」 女の勘には恐れ入る。 まさか、気付かれていたとは思わなかった。 「私の、お姉ちゃんよ」 レイの反応など物ともせずにメイリンは言い切り、剃刀を思わせる足取りで訓練スペースから去って行った。 後にはレイ一人が残される。 気付けば、タオルを握り締めていたらしく指が白くなっていた。 彼女に関わる、全ての人間が邪魔だ、と。 少年は、今この時、強く思った。 その日の夜、中々眠れなかったレイは武器庫にてナイフの手入れを行っていた。 精神を鎮めるには、刃物を研ぐのは良い作業だと思ったのだ。 この部屋は携帯できるサイズまでの火器やナイフ等の金属武器などを収納してある場所で、それらの手入れを行う道具も完備されている。 軍人であれば武器は軍から支給されるが、今少年が手入れをしているのは大量生産品と明らかに違うデザインのものである。 主に使うの支給品だが、ザフト・レッドやFAITHともなれば、自分の武器を所有するのは珍しくない。 磨き上げたナイフの出来上がりを確かめる。 角度で室内灯の光を弾く刃は、レイの気持ちを凶暴化させていく。 彼には奴が来る、という予感があり、予想通り男はやって来た。 「ここが武器庫、と」 いかにも、これから過ごす艦の場所確認の一環だ、というセリフと共に。 「よぉ、レイ。自由時間なのに手入れだなんて真面目だな」 右手に持つ案内図でも表示されているのだろうプレートをひょいと上げ、ハイネは気安く近付いてくる。 無表情にそれを眺めていたレイは、後3歩という距離まで彼が近付いてきたその瞬間、目にも止まらぬ速さでハイネの首にナイフを突きつけた。 「近付くな」 氷塊のような、声。 普段の彼からは考え付かないほど低い音が、空気を凍らせる。 「ルナマリアに近付くな」 空の色だ、と 「やぁっと本性見せたか、レイ・ザ・バレル。良い顔してんじゃんか」 ハイネは命の危機だというのにくつくつと笑い、怒りのあまり能面のように無表情なレイをそんな風に称する。 「そんな事言うぐらいなら、さっさと落としておかないとな。ただの同僚のお前に言われる筋合いは、ねぇぜ?」 ナイフを握る手に、力がこもる。 今すぐに相手の首をかき切ってしまいたい衝動と戦うレイに、ハイネは哀れむように静かな言葉をかけた。 「まぁ、あんな脆くて危ないのに迂闊に手は出せないだろうけどよ」 そう、いつだって必死だった彼女は、何かに攻め立てられているかのように焦っていた。弱さに付け込めばその輝きは陰り、行き着くのは拒絶だった。 だからレイは見守るしか事しか出来ずに、今に至っていて。 「きっかけをやれなかったのは、残念だったな」 子供を見る親のような顔が一転、残酷な男のものへと変わる。 そうして彼は、王手の言葉を紡いだ。 「あいつは、俺の手で歩き出した」 ナイフは生まれた役割を果たすべく、無慈悲に動いた。 屠られんとしていたハイネは今までの行動のなさが嘘のように身を引き、凶刃を回避する。すかさずナイフを構えたレイもそれに続いて、静かだった武器庫は一転して戦いの場となった。 「消えろ」 ここから、この場所から、この艦から――ルナマリアの側から。 抑揚のない声は恐るべき圧力を持ってハイネに迫るが、彼は動じず、軽やかに攻撃を避けていく。 「冗談。せっかく見つけた、極上の女の卵をみすみす見逃すほど馬鹿じゃないぜ」 こんな時も笑う余裕のある彼が憎らしい。 ずっと見てきた自分を差し置いて彼女を語る男を、消し去ってしまいたい。 「あいつは渡さない」 レイがそう言った瞬間、初めてハイネの顔から笑みが消えた。 回避だけをしていた男はまたもレイの一撃を避け、身体をねじって伸ばし、綺麗に力の乗った掌で少年の顎を払い吹き飛ばす。 レイが油断していたわけではなく、対処出来ない速さだった。 「"俺のものだ"とほざかなかっただけ、誉めてやるよ」 息も乱さぬハイネは、壁にぶつかり、床に腰をついたレイを見下ろす。 少年の手にしていたナイフは、しっかりとハイネのブーツに踏まれていた。 「せっかく良い女で、もっと良い女に育ちそうなんだ。邪魔するな」 硬い壁に叩きつけられて痛む身体に鞭を打ち、ゆっくりとレイは立ち上がる。 兵士としてはまだまだ細い身体から、ゆらりと放たれる黒い炎があった。 「……ルナマリアは…………渡さないっ」 彼を焼く、ただひとつの炎。 欲しいひと。 彼女に近付く者を、奪う者を、許しはしない。 ハイネの顔から表情が消える。 彼に相対するレイの背筋に悪寒が走り、全身総毛だった。 目の前にいるのは、軍功目覚しいザフトの軍人だと、初めて理解した気がした。 「分からない奴だな」 言葉が、ナイフのようにレイに詰め寄り、無意識に少年に構えさせる。それほど、音には危険さが滲んでいた。 「教育的指導が必要か?」 ハイネが堂に入った構えを取ると、レイも悲鳴をあげる身体を無視して警戒する。 動く、と優秀なザフト・レッドが思ったその瞬間――― 「やめなさいっ!!」 部屋に、響き渡る声があった。 緊張で、ドアが開く音にも気付かなかったらしい。 入室者は戦闘態勢の男二人と、荒れた部屋の中を見回し、彼女らしからぬ無表情で淡々と言った。 「二人共、やめなさい」 ドキリとするほど低い声。 レイは呆けたように腕を下ろし、ハイネはいつの間にかいつも通りになっていた。 「シンとザラ隊長が騒ぐから探してみれば……」 何をやっている、と、アメジストの双眸が男達に冷水をかぶせる。 普段賑やかな少女は、こんな事態に騒ぐ事無く、淡々と言った。 「ハイネは行ってください。ザラ隊長が探していらっしゃいます。レイ、あんたは私とここの片付け。 私闘が、軍紀違反である事をお忘れなく」 話は終わりだ、とルナマリアは動き出し、言外に二人に行動する事を命じる。 彼女の怒りは最高潮で、今まで人を殺そうとしていたはずのレイはやや焦った。 「ルナ……っ」 「さっさとしなさい」 ぎろりと睨まれて、レイは思わず床に散らばった手入れ道具を持ち上げた。 「何も聞かないのか?」 睨まれてはたまらないとばかりに早々と退室しようとしているハイネは、ルナマリアの隣を通り過ぎるようとしたところで口を開いた。 「こんなところで暴れる馬鹿の言い分なんか、聞いてあげませんよ」 容赦のなく突き放した物言いに息を呑むレイとは対照的に、ハイネは嫣然と微笑んだ。 ひどく満足そうに瞳を細めて、やや身をかがめる。 「っ!?」 落ちてくる影に顔を上げた少女の唇に、重ねられる同じもの。 レイが床に転がる切れ味抜群のナイフを掴んで動くのは、二人の唇が触れ合って1秒にも満たない時間だった。 ルナマリアもハイネも無意識に回避行動を取っていて、刃は虚しく宙を切る。 「ったく、過激だな。挨拶だろ、アイサツ」 「じゃあ、挨拶でシンともアスランともやってくださいね?」 「男となんて出来るか……って、うわっ、勘弁! 悪かったって!」 壁の収納位置から落ちそうな拳銃を手に取ってちゃきりと構え、少女が怖く笑う。武器の安全装置はきちんと解除されていた。 そのまま撃ってしまえというレイの心の叫びは聞き届けられず、ハイネは視線と拳銃の両方に追い立てられて出て行く。 「ルナマリア」 「……なんです?」 「一歩前進したな」 言葉の意味を解して目を丸くするルナマリアに、彼は畳み掛ける。 「今ので、先に手を出した 彼は実に彼らしい笑顔で、ようやく部屋を出て行った。 耳に痛い沈黙。 レイは掌に滲む汗を不快に思いながら、黙々と片付けに従事するしかない。 二人共口を利かないので作業効率は非常によろしく、あっという間に部屋は元通りになった。 何か言わなければ、と珍しくレイが気を揉むが、元より無口な彼はこういう時に出せる言葉を見つけられずに結局彼女の名前を呼ぶ。 「ルナマリア」 響きは、懇願にも、祈りにも、似ていた。 「どうしてあんたがハイネに手を出したのか、理由は聞かないわ。聞かない」 本能的に、自分に無関係では無いと悟っているのだろうか。 頑なに繰り返す少女の背は、やはり今までの彼女らしい刃を残していた。 鋭くて、どこか脆そうな……そんな空気。 レイはごく自然にルナマリアの腰に腕を回し、少女の華奢な身体を引き寄せていた。 「ちょっと、何!?」 「すまなかった。俺のせいで」 いくら男勝りな彼女であっても、恋人でもない男に唇を奪われて楽しいはずがない。殴りたいであろうところをレイの不始末の帳尻合わせにされて、拳を振り上げる事も出来なかったのだ。 「馬鹿レイ。何であの人に手を出すのよ」 自分を背後から拘束する腕をぺしりと叩いて、彼女は妹に対するように男を叱る。 レイは甘えるように細い肩に頭を預け、心から詫びた。 「すまなかった」 これは本心。 けれど。 「お前に迷惑をかけた事は謝る。だが、自分の行動に後悔はない」 あの、癪に障る男に死を。 尊い命なんて、レイ・ザ・バレルの中では数えるぐらいしかなく、その筆頭であるルナマリアに近付く人間なんて全て排除すべきものでしかない。 「……その悪い癖を、直しなさいと言ってるでしょ」 彼の中にある他人の区分けは二つ。 大事か、そうでないか。 それを知るルナマリアは溜息を零して、事ある毎に諭すけれども。 絶対不変の位置にある彼女と、それを奪う不届き者への拒絶反応はどうする事も出来ない。 レイの中には、ナイフがある。 愛しい者を血に塗れても守り、その人に近付く者の血で塗れる刃が。 ナイフは映す。 次に屠る、夕焼け色の男を。 いつかは消したい、赤い色の少女を。 ――ナイフに守られる者は、そんな少年の心を知らずに、彼の手を握っていた。 繋ぎとめるかのように。 |