ふと何かを食べたくなる時というのは、誰にでもある。

 たとえばケーキが食べたくなったり。
 たとえばファーストフードが食べたくなったり。

 今日のメイリン・ホークはといえば、こうであった。

「お姉ちゃんが作ったオムライスが食べたい」


愛情オムライス



 ミネルバMSパイロットの紅一点のルナマリア・ホークは、男勝りだとか、女らしくないとか、良く言われるような少女である。
 それはある一面では真実であるのだが、そのせいで彼女は家事が下手だろうと自然と見られ、思われている。
 メイリンから言わせれば、そんなのはおかし過ぎてお腹が捩れるほど誤ったイメージだ。
 多忙な両親と妹という家庭環境に置かれた彼女は、努力を惜しまぬ性格と負けず嫌い、家族を思う気持ちで家事をマスターし、家事の腕は達人級である。
 もちろんメイリンもそんな姉を助けるべく良く手伝い、行ったが、姉の腕には遠く及ばない。
 そんな彼女に向かって「家事が出来ない」などというレッテルを貼るとは、甚だお門違いなのである。

 思い立ったが吉日。
 メイリンはすぐに姉の端末へメールを送った。

 突然のわがままなお願いではあるが、彼女はきっと聞き届けてくれるだろう。
 姉が自分に甘いのを、メイリンは非常に良く知っていた。


 あの後しばらくして返ってきたメールで指示された通りの数々の材料を持って、メイリンはミネルバのレストランにやって来た。
 姉がオムライス作りを了承してくれたからこそのこの材料なのだが、問題はその量である。姉妹があと二人いても食べ切れないほどの食材を、いったい何に使うのか。
 訝しみながらレストランに足を踏み入れると、時間が混雑時とズレているせいか人の姿はほとんどなく……というか、二人しかない。
 そのどちらも、このミネルバでも数少ない赤い軍服を着ていた。
「あれ? シンにレイ?」
 姉の同僚達は、入ってきたメイリンに目もくれずキッチンを覗き込んでいる。
 24時間必ずコックの一人二人(食事時はもっと)いるはずのキッチンには、メイリンの想像したとおりにルナマリアがいた。
「お姉ちゃん」
「メイリン! 材料ありがとね。重かったでしょ」
 赤服の上着を脱ぎ、アンダーシャツの上にエプロンをつけた姉は優しく労ってくれる。
「ううん。私が急に頼んだんだから、これくらいは。
 でも、量多くない?」
 もしや、という予感がメイリンに少年達を睨ませる。
 遅まきながらメイリンに挨拶をするシンとレイだったが、彼女の反応が刺々しくて顔を見合わせた。
「あー……うん。メイのメール、二人に見られちゃってさ。そしたら、食べたいって言うから……」
 妹の険しい視線の意味を解す姉はたははと苦笑し、お人好しの彼女にメイリンは頬を膨らませる。
 益々訳が分からない少年達を差し置き、ルナマリアは妹をキッチンに呼んだ。

「メーイ? 可愛い顔が台無しよ。やめなさい」
 妹の手から食材を受け取りつつ、ルナマリアが小声でなだめる。
 前髪を梳く手付きも、かけられる声も、子供をなだめる母のそれだ。
「だって……私が頼んだのに。
 私のお姉ちゃんのオムライス……」
 独り占めしたかった、とぼそぼそ付け加える。
 メイリンとて、自分の、姉に対する執着や感情が強過ぎているのを自覚している。
 だが、頭で分かっていても、直らないものはあるのだ。
「タイミングがね、悪かったのよ。
 今度、二人だけで食べよう。約束するわ。だから、今回は我慢して。ね?」
 出来るよね? と言葉なく問うのは反則だ。
 嬉しい約束と、優しい紫水晶の目で言われたら、メイリンは頷くしかない。

 こくんと首を立てに振ったメイリンに、ルナマリアはにっこり笑って、材料の袋を漁り出す。
「シンとレイは、こういう時ちっとも役に立たないのよ。
 手伝って、メイリン」
「うん!」
 少なくとも、ここで姉の隣に立てるのは自分だけという事実が、メイリンの顔を太陽のように明るくさせた。


 リズミカルに切られていく野菜。フライパンに入れられて踊るチキン。
 コトコト音を立てるのは、ルナマリア特製のシンプルなコンソメスープで、その匂いはシンの腹の虫を騒がせる。
「もうちょっとだから、飲み物でも用意してなさい、シン」
「分かったよ!」
 自分の出した大きな腹の音が恥ずかしかったのか、シンは乱暴に言って席を立つ。表情をやや綻ばせたレイもそれに続くので、スープをかき混ぜるメイリンは笑い声を押さえる事が出来ない。
「メイは卵割って。あとお皿ね」
「はーい」
 こうしていると、実家に戻ったかのようだ。
 育って家では、食事時になると良くこうしたやり取りがなされた。もう随分と前のような気がする。

 ふわふわ、とろとろの卵。
 その下には絶品のチキンライスが隠れている。
 オムライスをいっぺんに食べても良いけれど、合間にスープを飲めば、また口の中が変わって美味しさが増す。

 相変わらず、姉のオムライスは宇宙一だ。
 どんな一流レストランのシェフだって敵わない。メイリンは生涯、姉以外のオムライスを食べようとは思わないだろう。
「美味しいよ、お姉ちゃん」
「そう? 良かった」
 一言感想を述べるだけで、彼女は嬉しそうに笑顔になるから、メイリンはいつも感謝をこめて褒めちぎる。
 のほほんとする姉妹の前には、対照的に料理にがっつく少年達がいる。
 なんとあのレイでさえ、一心不乱にオムライスを食しているのだから驚いてしまう。
 そうしていると、まるで子供だ。
「ほら、二人共落ち着いて食べなさい。
 いっぱいあるんだし、誰も取りゃしないわよ」
 正しくお母さんの言葉をかけられ、彼等ははっと顔を上げる。
 頬にケチャップで赤いご飯粒をくっつけたシンは、目をキラキラさせて、言った。
「カンドー。ルナ、料理が美味いんだな」
「ああ。見事なものだ」
 スープに舌鼓を打つレイも同意するので、作った当人はもちろん、彼女よりもメイリンが嬉しく、誇らしくなる。
 この味は自分だけが知っていれば良かったというのが本音だが、こうして他人から姉の料理の腕が誉められるのを見聞きするのは悪い気がしない。

 そうよ。お姉ちゃんは凄いんだから。
 誰彼構わず、大声で自慢したい気分だった。


「なぁ、ルナ。また作ってくれよ」
 大きなオムライスを綺麗に食べきったシンが、食後のまったりさを漂わせつつねだる。
 レイも視線で同じ事を述べていて、メイリンはカッと頭に血が上った。
「だっ……」
「残念。私の気が向いたらね」
 叫ぼうとしたメイリンを遮り、ルナマリアが悪戯っぽく続ける。
「私はメイリン専属のコックなのよ。常にオーダー出来るのは、メイだけなの」
 目を真ん丸にした妹の手には、キッチンからルナマリアが持ってきた、特製のまろやかプリンが置かれる。
 えーっ、と、二重の意味がこもった(プリンも欲しいらしい)シンの抗議が響くレストランに、感極まったメイリンの声があがる。

「お姉ちゃん! メイのところにお嫁さんにきて!!」


 良いわよ〜、というのんきな承諾に次いで、俺が嫁にする予定だ、というクールかつ大胆なツッコミが入って、レストランは一種戦争状態に入るのだが…………。
 それはまた、別のお話。





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