その視線の強さが、良く似ていた。


スイッチ




 ミネルバの探索中に立ち寄った訓練室――スポーツジムのように身体を鍛える機具が置いてある部屋の隣の、格闘訓練用のがらんとしたスペースで組み手中の者がいた。
今の戦争はMS戦が主ではあるが、いつ何時どんな情況になるかは分からないし、軍人の仕事はMSに乗る事だけでは無い。
 それを弁えている者は、身体を鍛える為、自主的にこの部屋に来るのである。

 勤勉な軍人は誰かと興味があって覗いたところ、それは見知った赤服の連中――ルナマリア・ホークとレイ・ザ・バレルだった。
 二人共動きにくい軍服を脱ぎ、訓練用の軽装で対峙している。

 彼等の腕前が気になったハイネは、何気なく訓練室に足を踏み入れ、部屋の隅に緑の軍服を着た少女がいるのに瞬きした。
 ルナマリアとどこか似ているも、やや違う赤い髪をした彼女−MS管制オペレーターだったはずだ―は、入室したハイネに気付いていないのか、一心に訓練中の二人を見ている。
 ツインテールと同じ色の瞳は、どこか痛切な光を宿していた。

 彼女に倣い、ハイネもルナマリア達に視線をやる。
 じりじりと機を窺っていた二人にも、彼の入室を機としたのか、動きがあった。
 先に動いたのはレイ。
 男としてはいまだ未完成の身体が俊敏に動き、拳を繰り出す。
 真っ直ぐな右ストレート。ルナマリアはわずかな身体の動きで避けるも、当たらない事を見越していたレイの左拳が二打目を放つ。
 赤い髪の少女から息を飲む気配がしたが、ハイネは全く動じない。
 ルナマリアはこちらも避けて、その動作の延長の動きで、攻撃により隙の出来たレイの足を払おうとする。
 それに無理に逆らおうとせずに足を床から離したレイは、右手をついて、そこを支点にルナマリアの顔を目指して強い蹴りを放った。
 バックステップで間を取るルナマリアも、すぐさま体勢を戻したレイも、唇の端が笑っている。
 冷静に二人の戦闘技術を観察していたハイネもまた笑っており、彼は、自分達がパイロットである事を再確認する。
 勝負事に嫌悪を抱く人間であれば、こんな職種はやっていられない。

 ルナマリア達は、多少白黒がつくまで訓練を止めないだろう。
 互いしか見ていないのは少々妬けるが、戦士としてはその気持ちが分かるので、続きを見学しようかと入り口から壁際に移動する。
 静かに動くハイネは、そこでようやく気付いた。
 同じく組み手を見物する少女の顔が、恐ろしいほど無表情な事に。

 その横顔は、今、訓練とはいえ戦うルナマリアとよく似ている。


 妹なのだろう、と漠然と思う。
 姉と、その同僚の組み手を、真っ直ぐに見据える双眸。
 その視線の強さが、良く似ている。

 ああけれど、なぜ、軍人の訓練をそんな眼で見るのだろう。


 泣きそうな顔で。
 唇を噛み締めて。

「おい」
「――え? あ、は、はいっ!!」
 ハイネが小声で話し掛ければ、少女は一瞬の空白の後、慌てて青年に向き直る。
「唇、切れるぞ」
 とんとん、とハイネが自分の唇を叩いて教えてやれば、少女はばっと顔の下半分を手で覆い隠して顔を赤くする。
「ルナの妹だろ?」
「は、はい」
 彼女はここでようやくハイネが誰なのか思い至ったのか、あたふたと敬礼をした。
 こちらのやり取りなど、耳に入れてても気に留めていないであろう姉とは違い、反応は少し遅めだ。
「そんなにするなんて、どうした?」
 彼女の目に恋愛の熱はなく、それよりも強いなにかがある。
 そして何より、見詰める先はレイではなく、姉のルナマリアだった。
「……私、シスコンなんです」
 どんな理由でも、彼女を独り占めにされるのは許せない、と彼女は言う。
 まるきり子供じみた独占欲。
 微笑ましいと笑うには、少女の視線は険し過ぎる。

「あいつらは仲が良いのか?」
 彼女の度が過ぎる悋気については何も言わず、ハイネはさらりと問う。
「ミネルバの赤服は、友達みたいで兄弟みたいで凄く仲が良いんです」
 私のお姉ちゃんなのに、と、震える声で彼女は零す。
「レイとお姉ちゃんは……どこか」
 続きは言葉にされなかったけれど、ハイネは彼女が何を言いたかったのか理解する。

『どこか恋人みたい』

 少女の睫毛が震える。
 感情が昂ぶっているのか、初対面に近い相手の前で泣くのを堪えているらしい。
 哀れな子兎のような印象を与える彼女に対して、生憎持ち得る感情はなかった。
 それよりもハイネが抱いたのは、それぞれ相応のダメージを負いながらもいまだ組み手を続ける二人への……あまりよろしくない気持ち。
 二人ではない、ルナマリアの相手、レイへの嫉妬。

 あの強い光を持つ紫水晶の瞳に映るのは、自分で良い。
 そんな傲慢な事を思う。


 この瞬間、ハイネ・ヴェステンフルスは、何も言わなくなった自分を放り、また組み手に目を戻すルナマリアの妹と同類になった己を知る。
 そんな自分を汚いと思うほど彼は幼くなく、訓練が終わった時点で職権乱用してルナマリアを奪っていく事を決めていた。

 今度こそ、ルナマリアに似た妹は、唇を噛み締めて血を流すかもしれないけれど、それに罪悪感を抱かぬハイネは、悪い男だった。


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