砂糖菓子。
 それが少女の第一印象だった。



009:詐欺




 コーディネイター特有の、ナチュラルには有り得ないピンクの髪。色鮮やかなそれは、彼女の印象を"ピンク"にするぐらい強烈なものだった。
 とろけるような笑顔や、透き通るような白い肌。
 それらのパーツが、より一層彼女を人外の存在のように見せる。
 人間というよりも、人の手で作られたお菓子の妖精。
 甘い、甘いもの。
 これが、ムウ・ラ・フラガによるラクス・クラインへの認識であったのだが、彼は自分の判断を誤りだったと痛切に感じていた。
「いざという時は、わたくしを利用してくださいませ」
 花のように微笑んで、しかし青い双眸は真空の宇宙の如き冷たさで、彼女は淡々と言い放った。
 誤魔化しも茶化しも出来ない事は身体で感じる。彼女の透き通った瞳がそれを許さない。戦場で強敵と相対しているかのような、恐るべきプレッシャー。
 こんな強烈な威圧感を発する少女が、砂糖菓子などであるはずがない。
 初めに見抜けなかった自分に歯噛みしつつ、フラガは真っ直ぐにプラントの姫君を見た。
「まるで何か起こると言っているみたいだな」
 何故彼女が格納庫にいるのか。どうやって部屋を抜け出し、ここまでやって来たのか。
 彼女を見かけた瞬間に抱いた疑問など今は綺麗さっぱり流され、フラガは最大級の警戒態勢を取りながら答え返す。
「このまま、という事はありえないでしょうから」
 柔らかな調子。
 戦う為の機械が置かれる場所には、およそそぐわない声だと心底思う。
「君が何か起こすのか?」
「いいえ」
 わずかに目を眇めて否定した彼女は、未来を知る巫女姫のようであった。
 無重力のせいで腰掛けていた手摺から浮き上がり、それが益々非現実な発想を助長する。
「けれど、あなたもそう思っているのでしょう?」
 張り詰めた糸のような現状。
 何のきっかけで崩れるかは分からない。
「――何故、俺に?」
 自分の声は掠れていないだろうかと、頭のどこかでフラガは思った。
 透明な青い瞳は、宝石のように光を宿して男を見る。
「先程、士官(あなた)方が質疑されましたでしょう。その後、ブリッジで搭乗員達(クルー)のやり取りをわずかながら拝見しました。
 失礼ながら、艦長とおぼしき方はお優しそうでしたが、いざという時不安がある感じでした。一見冷静そうな黒髪の仕官も、柔軟さがないようでした」
 恐るべき観察眼だ。ほんの少しの時間で、それぞれの特徴を正確に見抜いている。
「他の士官といえば、あなたしかおられないようでしたので」
 明らかに一般人といった者達が軍艦の居住区におり、ブリッジは階級を持たない同年の子供がいた。そういった諸々の要素から、彼女は朧気ながらこの艦の状態を察したらしい。
「――わたくしは争いが嫌いです」
 彼女はそっと吐息を吐くように言葉を漏らした。
 戦争の真っ只中、全てを知りながらそう言える存在は稀有だろう。
「命が失われる機会は少ない方が良いと思うのです」
「……それが後になって間違いだったってなってもか?」
「後とは先の事。先の事など、どうなるか分かるものではありません。
 わたくしは、その時自分に出来る最良の判断と行動を選んでいるつもりです」
 得た情報から限りなく正確な予測を弾き出しているだろうに、先の事など分からないと言う少女。
 たとえこの先、今の選択が間違いだったという事になっても、彼女は後悔すまい。
「わたくしも最大限努力致します。
 ですから、どうか……」
 自分の力が及ぶ限り戦闘を回避させよう、しかし力が及ばなかったら力を貸して欲しい――暗にそう述べている少女に、フラガは笑った。
 それはこちらにとっては好都合だった。今回は、絶対に戦闘行為をする事は出来ない。するだけの余裕ははない。
「それはこっちの台詞だよ、お嬢ちゃん。力を貸してくれるかい?」
「はい」
 わずかに色の違う青い瞳が互いを見据え、相手を強く絡め取る。
 フラガは口許を歪め、ほっそりとした少女の手を取り、その白い甲に口付けた。
「敵軍の歌姫に感謝を」


 甘いお菓子のイメージを抱かせる少女。
 外見で判断してはいけない事を再確認させてくれた外見詐欺。






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