それは、ほんのささいな興味。


010:貴方という人



 彼は時々銃の手入れを行う。
 今も机の上に銃の部品を広げて、部屋の中そこだけ浮いたスペースを作り出していた。
 ラクスも銃の心得はあるし、時には護身用として携帯するから、その作業はよく知っている。
 武器の手入れを側で出来るぐらいには心を許されていると分かるので、ラクスはその作業を隣で見るのが好きだった。
 お茶を入れようと思っていたのだが、この分だともう少し後にしておいた方が良いだろう。命を左右する作業だから、お茶を飲みつつ片手間にするものではない。
 ラクスがそう考えていると、黒い銃身を磨き始めたクルーゼが少女を見もせずに言った。
「もう終わる」
「では、お茶の支度をしますわね」
 やろうとしていた事を察していたらしいクルーゼの背に笑いかけ、ラクスはキッチンに向かった。
 コーヒー党のクルーゼだが、どうやらラクスの入れる紅茶はお気に召しているらしい。二人でいる時は紅茶を所望する事が多い。彼女はそんな恋人の為に、とびきり美味しい紅茶を入れる。
 お茶のセット一式を持ってリビングに戻ったラクスは、まだ机に置かれたままの銃に目を奪われた。
 鈍い光沢。目立たない闇色。
 指一本で、人を殺す事の出来る武器。
 人が手にした、傷つける為の道具。
「……わたくしがあなたの側から離れ、敵対してしまうような道を選んだとします」
 気付いた時、ラクスは自分でも考えていなかった事をすらすら話していた。そんな自分の行動に驚きつつも、口はまるで別の生き物のように動き続ける。
「立ち去るわたくしを、あなたは職務で撃たねばなりません。
 そんな時、あなたはどうなさいます?」
 呆れた溜息をついたクルーゼに、ラクスは小さく肩を竦めた。
「そうあからさまに嫌がらなくてもよろしいのでは?」
 彼の反応は問う前から分かっていたが、ラクスは少し唇を尖らせて抗議した。
「ナンセンスだ」
「あなたがそういう人だというのは分かっていますけれど……」
「なら、何故聞いた?」
「ただの好奇心ですわ」
 ラクスはあっさり言い、蒸らしていたティーポットを手に取ると、慣れた所作でお茶の準備を進める。
「全くありえない未来という訳でもないかもしれませんから、参考までに聞きたいと思いましたの」
「そんな先の予定があるのか?」
 答えるクルーゼは、少し憮然としていた。さすがに聞き捨てならなかったようだ。
「いいえ」
 ラクス自身はそれほど大変な事を言ったつもりはのだが、中々答えが得られない。
「どうぞ」
 丁寧に入れた紅茶をクルーゼに渡すと、彼は会釈を返して受け取る。他の人間にはしない動作が、ラクスに優越感をもたらしている事を男は知っているだろうか。
「腕を上げたか?」
「さぁ、どうでしょう?」
 影で紅茶とコーヒーの入れ方を勉強してはいるのだが、上達したかは分からない。だからラクスは正直に答えた。
 美味そうに目を眇めるクルーゼに満足感を覚えたが、それでも無性に答えが気になったので、ラクスは席につきながら再度問うた。
「質問には答えてくれませんの?」
「――確認するぞ。
 お前が私の側から離れ、敵対するような道を選んだ。私は立ち去るお前を職務で撃たなければならない、という状況だな」
「ええ」
 クルーゼが話に付き合ってくれると知ったラクスは、心底嬉しそうに微笑む。
 彼がこういう問答を好まないのを知っていたので、それでもきちんと答えてくれようとしている事が嬉しくて仕方なかった。
 たとえ、どんな答えであっても。
「お前の想像通りにはいかないと思うが?」
「わたくしの予想はあくまでわたくしが勝手にしてしまうもの。
 答えを知るのは、あなただけですわ。どんな答えであれ、それが真実でしょう?」
 周囲の考えは、あくまで予測。もちろん、周囲の方が分かる事もあるのだが、やはり行動を真に分かるのは本人でしか有り得ない。
「まず、足を撃つ。両足だ。
 傷が残っても目立たず、後遺症が残らぬ部位を狙って、確実に撃ち抜く」
 クルーゼの双眸が物騒の光を宿し、声は刃の鋭さを持った。
 相対している人間を警戒する本能に従い、ラクスは無意識に自らをガードする。
「そしてすぐさま気絶させ、病院で治療を受けさせた後、上には監察処分とでも言って家に連れてきて、ありとあらゆる手段を用いて気を変えさせる」
「……あなたらしいですわね」
 背筋に寒気を感じながら、平静を装ってラクスは言う。
 彼が間違いなく本気である事は、肌で分かった。
 こういう男なのだ。
 自分の為、自分の志すものの為、彼は己の手を汚す事も、どのような手段を取るのも厭わない人間。
「期待外れだったろう?」
「そうだからこそのあなたですわ」
 その強固な意志、苛烈さ、残酷さ。
 決して正しくはないそれは、強いが故にひどく眩しく映る。
「まぁ、アスランやニコルなどでは撃てずに見逃すかもしれんな」
「彼等は……優しい人ですもの」
 優しい少年達。愛すべき少年達。
 自分の好ましいのは明らかに彼等であろうに、何故自分はクルーゼを選んだのか、今でもラクスは分からない。
「軍人としては失格だ。優秀でもな。
 まだイザークやディアッカの方が軍人に相応しいぞ」
「はい」
「優しさと甘さは違う」
「はい」
 クルーゼの淡々とした、厳しい言葉。
 全て真実で、現実だ。
「私にそんな事をさせるなよ」
 紅茶に口をつけながら、クルーゼは薄目でラクスを見遣る。
「それは分かりませんわ」
 脅迫に近い言葉を、ラクスは簡単に受け流す。
 破るかもしれない約束などしない。確信もない断定もしない。自らの意志は何者にも阻む事など出来ない。
 それはたとえクルーゼでも――愛しい者でも。
「そういうお前だから、私もそこまでしなくてはならないんだが……」
 やれやれといった調子のクルーゼの顔は、苦笑で彩られていた。
 互いに、相手を過ぎるほど理解している。
「どちらにせよ、無意味な仮定の話だ」
「そうですわね」


 恋人達の、休日の会話だった。




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