「ほう、それが正体か」
 男は驚いた様子も無く呟いた。

011:薄皮



 古き世、戦に臨む武将が纏っていたといわれる陣羽織を羽織った少女は、プラントのトップアイドルであった時を彷彿させる柔らかな表情をしてはいなかった。
 青い瞳の透明さは変わらず、硬質さが増して温度はなくなり。
 微笑みの美しさも変わらず、凛とした強さが加わって。
 彼女は、プラントとも地球とも異なる第三勢力の指導者としてそこに立っていた。
「お見事ですよ、ラクス・クライン嬢」
 一連の電光石火の行動を誉めれば、十代半ばでありながら老獪な政治家にも匹敵する娘がくっと唇を吊り上げる。
「戯言を。知っていたでしょう、ラウ・ル・クルーゼ隊長」
 そう、知っていた。
 彼女は父親の政治的プロパガンダとして使われているよう振る舞いながら、その実虎視眈々と牙を研ぎ、機会を窺っていた。

 何かをする為に。

 その何かまでは、さすがに分からなかったが。

 無言で彼女の言葉を肯定すると、少女は何がおかしいのかくすくす笑って瞳を眇める。
「あなたが動くのは、いつですか?」
 疑問というより確認の口調に、娘と同じような笑みを浮かべて返答とする。
 互いに互いの隠す部分を知り、知っている事すら分かっていた。肝心な部分に触れてはいない事も、また承知している。
「――次に会うのは、戦場ですわね」
「敵ではない事を願っておりますよ」
「それは嘘ですわ」
 言葉も笑顔も嘘だと見破り、その奥にあるものを探り合う。
 これ以上ない親近感と、同じぐらいの敵対心を持たせる存在と、一度は本気で勝負してみたくはある。
 しかし、本当にそれが実現した時には、どちらかが死ぬだろう。
 先を予測する事が当たり前となり、予測は予定並に現実に近い頭脳を持つ二人は、いずれ来るであろう命の奪い合いの瞬間を確信しながら、勝利がどちらに転ぶかまではさすがに予想出来なかった。
「では、ご機嫌よう、クルーゼ隊長」
 未来の敵に躊躇いもなく背を向ける少女に、男は満足げな笑みを浮かべて自らも身を翻す。

 歩む道は逆。
 しかし伸びたレールは限りなく近く――薄皮1枚ほど側にある事すら、二人には承知の上だった。



この作品は、honey crop様の“おもいでいろは”―「ほう、それが正体か」のイラストから書き起こさせていただきました。




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