012:街灯




「明るいな」
「え?」
 ふいに耳に入ってきた音を、千鶴はつい聞き返した。
 一瞬前まで部屋には自分ひとりだったというのに、いつの間にかもう一人存在していた。"彼等"と出会った当初は酷く驚き、怒ったものだったが、今では慣れたものだ。
 千鶴の視線の先にいる言葉を発した者は、我関せずに窓の外――夜道を照らすほのかな光を見ていた。
「明治に入り、異国の文化や技術やこの国に流れてきた。あれもその一つだったな」
「街灯? ええ、そうよ」
 千鶴は無作法な来訪者の隣に立ち、同じように窓の外――紫紅の見るものを見た。
「夜の闇も無くしつつある。人はもはや夜を恐れまい」
「……夜が怖いの?」
 きょとんと聞く千鶴がおかしくて紫紅は吹き出す。
「千鶴は怖くないのか」
 顔が笑っていることは分かっていても止められず、そのまま紫紅は尋ねた。
「暗いのは好きじゃないわ。何か出て来そうだもの」
今度こそ紫紅は腹を抱えて笑った。妖怪(達)に笑われるのは慣れている千鶴は、何なのよと思いつつも、彼の笑いが収まるまで待っていた。
「妖怪と友好ある者が、何か出て来そう、とはな。
 お前は本当に面白い」
 ようやく笑い終えた紫紅は、言いつつ長い指で少女の髪を梳く。絹糸のような黒髪は、さらさらと指の隙間からこぼれた。
「闇に住まぬ者は、本能で闇を恐れる。夜はそれを強く感じさせる。古来より、人も獣も避ける時間だ」
「私は夜は嫌いじゃないわ。
 月や星は夜しか見られないし、安らかに眠るのもこの夜だもの」
「そうだな」
 暗がりを恐れる自分を否定せず、夜を好むと正直に言う少女。
 だからこそ、妖怪である紫紅達と触れ合っても己を保ち続けられる。
夜を照らす光(街灯)は、闇に住まぬ者を助けるだろう。
 だが、闇に住む者はどうかな」
「……紫紅?」
 いつもと違った様子の妖怪に、少女は心配げな顔を見せる。どんな存在であろうと変わらない気遣いをする娘は愛しく、紫紅は小さな身体を抱き締めた。
「紫紅!?」
 想いを交わし、身体を重ねた関係だというのに、大仰に驚き照れる千鶴に笑った男は、そのまま再び窓の外へ視線を投げた。
「あの光は小さくとも、数で闇を少なくさせていく。
 闇に住まう者は、光に照らされ、追い立てられてゆくだろう」
「え……?」
「我等妖怪の未来、暗き事よ」
 どういう意味だと千鶴は尋ねたかったが、言葉にする前に身体を寝台に押し倒され、唇も塞がれてしまったので、諦めざるを得なかった。
「今日明日の話ではないのも明白。
とりあえず今は、愛しき玩具(オモチャ)を楽しむとしよう」
 ようやく千鶴を解放した紫紅は、さっさと自己完結して、酸欠で喘ぐ彼女に襲い掛かるのだった。




これは最終巻が出る前に書いたものなので、本編と少し設定が違います。
月夜烏草紙大好きです!
inserted by FC2 system