ぱら さらさら さら ぱらら 014:2人でいるということ 雨の音はまるで子守唄のようだ。 ―――ナナミは雨が降る度にそう思う。 バケツをひっくり返したような雨はさすがに激し過ぎるが、他の雨はどうも心地が良い。 そう思っているからか、雨の日はずっと眠たい。前の夜にどんなにたくさん睡眠を取っても、朝から晩まで睡魔が襲い続けるのだ。 「あんたさ、いくら眠たいからって歩きながら寝るなよ」 いつものように船を漕ぎ出したナナミに、呆れたように声をかけたのは、雨が降ろうが槍が降ろうが涼しい顔をしている風使い。 「ん〜〜」 「ナナミ」 「ごめん……雨だから」 さら さらさらさら 耳に優しい雨音。 細かな水の雫が、絶え間なく空から落ちてくる。 本日の天候は雨。霧雨である。 雨音は子守唄に似ている。 子守唄を歌ってくれるという母親の記憶はないけれど。 少しだけ歌ってくれた義父のそれは、とてもとても優しくない、音の外れたものであったけれど。 きっと、親が子を思って歌うものは、このようにやわらかであるに違いない。 「ほら、行くよ」 放っておけば本当に立ちながら寝て、そのうち床に転がりそうな勢いのナナミを見かねて、ルックは彼女の手を取って歩き出す。 人から触れられることを極端に嫌がるルックではあるが、ナナミだけは別で自分から触れる事も出来た。 ぱら ぱたた 賑やかな城が、今日ばかりは静かで。 余計に雨の音は大きくて。 ナナミの眠気は増長していく。 さらさら さらら らら ルックの向かった先は彼の自室。 他に行けるところがなかった少年は、仕方なく自分のベッドに少女を座らせる。ナナミ以外の人間ならば、絶対に許さない事だ。 警戒心というものが欠如しているきらいのあるナナミは、呼ばれているかのようとベッドに上半身を倒す。 「…………雨」 ぱらぱら ぱたた ぽたん ひっそりとした城を、吸収していく大地を楽器にして、生命を育むものが落ちてくる。 海から生まれた雲が雨を降らせ、水の雫は大地に還り、地底で地表で集まっては大きな流れとなって、やがては海へ―――そうして、水はゆっくりと、けれど確かに巡っているのだと教えたのは義父だ。 今この地に降る水は、いつまたここへくるだろう。 その時、この地は。 この地は、血で汚れていないだろうか。 「静か…………」 衣擦れにも似た、それよりももっと細い音。 思考を拡散させて、意識を広げていく。 「ただの自然現象だよ、こんなの。 精神状態がどうこうされるものじゃないと思うけど」 「それはルック君の考えだね。 私は、雨は優しいと思うよ。この優しさを、私は庇護してくれる人と重ねるの。勝手に安心して、眠くなる」 ベッドのすぐそばにある、風の向きの関係で雨天の今日でも雨戸が開いている窓の外を眺めるナナミの顔は、あまりにも人間の匂いがしなくて。 ざわり、と。 ルックの背筋が震えた。 さらさらさら サー ササー 「鳥も鳴かない。風も鳴かない。人も鳴かない。 全部を閉じ込めるから、少しだけ怖い」 半分ほど意識は眠りの落ちかけているのか、ナナミの双眸は半眼で。 そんな状態で、彼女はルックを手招きする。 まるでいつぞやのように魔法をかけられたかの如く素直に、彼は夢見るような足取りでベッドへ向かい、寝転ぶ少女の隣に腰をおろす。 「でもそれは、閉じ込めてるんじゃなくて、抱き締めているかもしれない」 緩慢な動きをしていたナナミの腕が、なぜだかその時だけは素早く動き。 ルックの服を引っ張って、少年の身体をベッドに引き込む。 「ちょっ……」 少し湿気たシーツがばふんと音を立て、それほど上等ではないスプリングがぎしりと弾む。 ルックがようやく現状を認識した時、彼はナナミの腕の中に抱きこまれていた。 「私の雨のイメージは、こんな感じだよ」 ナナミはそう言って、きゅっとルックを抱き締める。 どこもかしこも柔らかな女性を身体に包まれた少年は、珍しくパニックを起こして動けずにいた。 「でも雨はちょっと冷たいね」 今包まれているのは、冷たさとは正反対の人の温もり。 ナナミの声はどこまでも落ち着いていて、いたずらめいてもいなかったので、ルックは早々と抵抗を諦めて身体の力を抜いた。 こういう時の彼女には逆らわぬが最良。 後々面倒がなく、しかも自分の知らない事を知れるのだ。 「だからかな。 人恋しくなる」 強くなる腕の力に、ルックも応えて彼女の背に腕を回した。 さら ぱらら ぱらぱら サー らら 「静かだね」 「そうだね」 「あったかいね」 「そうだね」 「寝ようか」 「それも良いかもね」 静かな雨音。 降り続ける霧雨。 世界からぽっかりと切り離された部屋に、二人だけ。 純粋に温かさだけを求め合う子供達は、子猫のように丸まってまどろみだす。 さらさらさら ぱら ぱらら ぱら さらら さらさら ぽたん 雨はただ、地に恵みをもたらしていた。 |