一回り年の離れた少女に見惚れるなんて。
 思ってもみなかった。



019:困った




 少女を見かけ、近付き、彼女の状況を悟った皆川は、やれやれと深い溜息をついた。
「五月ちゃん……」
 ポーラスターズの女帝との異名を持つ桐島五月は、人の来ない位置にベンチですやすや眠っていた。
 仮にも年頃の娘なのだから、もう少し警戒心を持った方が良い。まるで父か兄になったように、皆川は眠る少女を見ながら内心で言う。
 皆川は練習で心地良く疲れており、ちょっとした興味も手伝ったので、軽快な動作で五月の隣に腰掛けた。
 口を開けばポーラスターズ選手を震え上がらせる奇策を打ち出す彼女ではあるが、寝顔を見るとどこにでもいる……否、さすがアイドルのような昴の妹だけあって整った顔をしている少女である。
 健康的に白い肌。今時珍しく手を加えていないまっさらな黒髪。幼さの残るあどけない寝顔――こうして見ると、可愛い少女なのだが。
「……って、何考えてるんだ、俺は」
 歩く爆弾のような、まして12も年下の少女に、子供に対する微笑ましさから起こる「可愛い」ではななく、女性として見て「可愛い」と言った自分に驚いた。
 チームの監督で、チームメイトの妹。
 わずらわしくも嫌いではない、そんな存在だったはずだ。
「ん……」
 微かな寝言が聞こえた瞬間、危うい均衡を保っていた五月の身体がずるりと横に滑る。良かったのか悪かったのか、滑った方向は皆川の方だった。
「おいおい……起きろよ、五月ちゃん」
 けれど、こんなにも気持ち良さそうに眠っている少女を起こすのは気が咎め、結局皆川は彼女を支える事になってしまった。

 どれくらい時間が過ぎたのか。
 肩にかかる温もりと、すぐ側に感じる吐息に気分を良くして目を閉じていた皆川は、五月が動いたのに気付いて目を開く。
「あれ〜? 皆川さん?」
 まだ寝惚けているのか、眼を擦り擦り誰何する姿はあどけなく、それでいてほのかな妖艶さが匂った。
今まで気付かなかった、気にしなかった少女のコロンの香りが鼻を掠める。
「あ、痛っ!!」
「五月ちゃん?」
「いてて、目にごみが入っちゃったみたい」
「擦るな。瞳に傷がつくぞ」
 目を擦ろうとする五月の手を掴み、彼女の顔を自分の方に向かせる。人の言う事を黙って聞いている彼女は珍しかったが、痛みのせいだろう。
「目を開けて、じっとして」
 皆川は、五月に触れる自分の指が震えていないか気になった。
 あまりに柔らかい頬、赤い唇、潤んだ大きな瞳、手首の細さ。
「ああ、睫毛が入ってるな。動かないでじっとしててくれ」
 涙がこみあげている五月の瞳には、皆川の顔はぼやけて映っているだろう。彼は舌を巧みに使って、彼女の目に入った睫毛を取り出した。
「少し痛みが残るかもしれないけど、もう大丈夫」
 随分と痛覚を刺激していたらしい原因が取れて、五月はぽろぽろと大粒の涙をこぼす。初めて見る涙は美しく、皆川は鍛えられているのに細く長い指で雫を拭った。
 しばらく目を抑えていた五月は、皆川が何をしたのか思い至ったらしい。いまだ頬に触れている男の温もりを感じて、白い頬をさっと赤くした。
「皆川さん!!」
「ご馳走様」
 にっこり笑った皆川は、五月のパンチが飛んでくる前にベンチから立ち上がる。
「監督と選手の恋愛はスキャンダルですかね、監督?」
「あ、当たり前でしょ―――――――――――!!」
 横浜ポーラスターズの練習場に、史上初の女子高生監督の悲鳴混じりの怒声が響き渡った。


 彼女はさぞかし困っているだろう。
 しかし、困っているのは自分も同じ。一回近くも年の離れた少女に恋をしてしまったのだから。
 とりあえず、ただの選手からは一歩進んだかと、皆川は複雑な溜息をついて更衣室へと向かうのだった。




 誰かこのマンガを知っている人はいらっしゃらないでしょうか。 個人的にとても好きです。 桐島兄妹バンザイ!





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