雨が降った。 プラントでは珍しい事に、予報になく。 042:指を絡めること 気象システムの誤作動かプログラムエラーか理由は分からないが、あまり良い事ではない。閉鎖された空間であるプラントで気象予報は絶対であり、誤りはすぐさま生活に響く。 まあ、大変なのは気象管理をする部署であり、軍人のクルーゼではない。 目下大事な事といえば、びしょ濡れになった自分と恋人はどうするべきかである。 帰路途中であったのはせめてもの幸いだった。どうにか家まで走り着く事が出来た。 「お風呂に入らないと風邪を引きますわね」 「そうだな。湯を入れてくる。タオルを出しておけ」 「はい」 ラクスにとっては、もう勝手知ったるクルーゼの家。すぐさま言われた通りタオルを大小何枚か持ってくる。 「ラウ様」 手際良くバスタブにお湯を入れ始めたクルーゼタオルを渡し、ラクスは自分の身体を拭き始めた。 「先に入れ。風邪を引く」 「駄目ですわ。ラウ様が先です」 きっぱりと言われ、クルーゼは頭が痛くなった。 「お前の方が体力が無いし、抵抗力も無い。お前が先なのが当然だろう?」 「それでも駄目ですわ」 普段の聡明さはどこへやら。 こういうところでも発揮してくれると有り難いのだが、これまでの経験で無理な事は知っている。 さてどうしようかと思ったところで、水を吸って肌に張り付き、身体のラインや下着を透かしているラクスのシャツが目に入った。 考えるまでもない。 ラクスの主張も通るし、自分の主張も通る。 おまけに、自分はかなり良い思いが出来るではないか。 「分かった」 了承の言葉を口にしたクルーゼに、ラクスはほっとした様子で肩を落とす。彼はそんな彼女の身体を、ひょいと担ぎ上げた。 「ラウ様!?」 「お互い妥協するとしよう」 「?」 「一緒に入れば、問題ないだろう?」 「……問題ありますわっ」 一拍置いてクルーゼの言葉の意味を悟ったラクスは、肩の上でじたばた暴れる。 男は少女のか弱い抵抗など物ともせず風呂場へ続く洗面所へ入り、あくまで事務的に服を剥くと風呂場に押し込んだ。 「駄々をこねて湯船に浸かってなかったら、今夜どうするか考えるぞ」 クルーゼが脅して扉を閉めると、曇りガラス越しにどうやら湯船に入ったらしい音が聞こえて彼は一息つく。 彼もさっさと服を脱ぎ捨て、腰にタオルを巻いて風呂場の扉を開けた。 入浴剤を入れて白くなった湯に浸かりながら、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませていた。 「強引ですわ」 「本当の事を言われても痛くも痒くもない」 クルーゼはしれっと答え、自分も湯船に浸かる。 大きな目の湯船だが、二人が入るとさすがに少し窮屈だ。独身用の官舎のバスルームなのだから当然だろう。 少し動くと互いの足が触れ合い、ラクスはあからさまにびくりと背筋を正す。 「慣れないな」 「〜〜〜〜……っ」 純情な少女は真っ赤になり、男はその反応を楽しむ。クルーゼはしばし笑い、彼女が本格的に機嫌を損なう前にやめた。 「肩までしっかり浸かれ。風邪を引いたら大変だろう」 「はい」 先ほどと違ってひどく素直に従い、ラクスは身体を湯に沈める。いつの間にやら纏め上げた髪からこぼれる後れ毛が、やけに少女に色気を演出させた。 「ラウ様も、きちんと温まってください」 「……ああ」 ぼんやりしていたクルーゼを見咎め、年下の恋人は嗜めるように言う。彼も素直に従い、恋人達はしばらく無言で湯に浸かっていた。 「――ラクス」 「はい?」 名前を呼ばれたラクスはわずかに首を傾げて答える。 クルーゼは乳白色の湯から手を出し、握ったり開いたりを繰り返し、彼の意図を察したラクスはおずおずと手を絡めてきた。 長く骨ばった指と、ほっそりと華奢な指が、戯れるように絡み合う。 クルーゼは笑むように目を細め、ラクスはくすくす笑った。 今このひと時だけは、目の前の存在だけを考えていたいと、常日頃考えを巡らせる軍人は心底思う。 少女の指先に口付け、よりいっそう赤くなる頬に満足しながら、クルーゼはゆっくりと彼女の身体を引き寄せた。 柔らかな身体が腕の中に収まり、湿った秋桜色の髪が肌に触れる。 途中で身を反転させられたので背を預ける形になったラクスは、最初だけ身じろぎし、それから徐々に身体の力を抜いていった。 クルーゼは、珍しく露になっている恋人の白いうなじに口付け、そのまま舌を這わせる。 「やっ……」 ようやく落ち着いたラクスはその感触に身を震わせ、男の腕から逃れようとして失敗した。自分を絡め取る腕の力は、か弱い少女がどうこう出来るものではなかったのだ。 それでも抵抗まで諦められるわけでもなく、ラクスはどうにか微妙な刺激から遠ざかろうともがく。 「……あ……」 悪戯を始めた男の指に翻弄されるラクスは、ふいに明り取りの天窓で視線を止めた。 外からは見えず中から見える特殊なガラスは、何にも遮られずに人工の空を見せている。突発的な雨は、いまだやんでいなかった。 「……今日のトップニュースはこの雨でしょうね」 「間違いないな。 だが……」 「だが?」 ラクスは鸚鵡返しに呟き、不意打ちで襲う刺激に甘い声を上げてしまう。 「こういう特典があるなら、悪くは無い」 クルーゼは心底楽しそうに言い、ラクスの滑らかな肩に唇を這わせた。 少女も了承の証として、珍しく自分から恋人に口付けた。 恋人達の、休日の一幕だった。 |