湯気を上げるスープ。香ばしい匂いの焼きたてパン。卵は鮮やかな黄と白を見せ、野菜は瑞々しく添えられて。熟れた果実は甘い芳香を放つ。 047:朝食 同盟軍の本拠地。 その中にあるレストランのメニューは非常に豊富で、しかも美味しく安い。 同盟軍に所属する人間は基本的に一日三食は無料で利用出来、家族住まいや賭場・港関係者などを除いて、城の住人はもっぱらここで食事を取る。 昼間は外部の人間にも開放されているので、レストランはとても賑わっていた。 「……あんたさ、いい加減慣れなよね」 人の少ない時にしかレストランを利用しないはずの人間ルックは、周囲の人間に訝しまれながら朝の混雑時朝食を取っていた。 目の前に座り、一緒に食事をしているのは、彼が唯一時間を共有する事を許すナナミである。彼女は、注文した料理を前に両手を組んで目を輝かせていた。 「あんたの平均的な食事の方がおかしいんだよ。 そんな簡単なメニューで喜んでたら、満干全席なんてどうするのさ」 ナナミが注文した料理は、朝のメニューの中でも品数が少ない簡単な定食だが、ルックが知る限りにおいて毎回彼女はそれに感激している。 もしもあの無駄なまでに品数のあるあのメニューを目にしたら、ナナミは倒れるかもしれない。自分の予想にルックは胸中で頷き、まだ食べようとしないナナミを待って水を飲んだ。 「…………い、いただきます」 ようやく現実に戻ってきたナナミは、きちんと手を合わせて挨拶をするとスプーンを手に取る。それに倣って、ルックもフォークを手に取った。 ルックが聞いたところによると、ゲンカク一家の食生活は中々に悲惨なものだったらしい。 山で取ってきた山菜かろうじて入っていたスープで十日ほど暮らしたり、同じくどこからから調達した木の実と水で空腹を紛らわしながら3日過ごしたり。ご馳走は、修行がてら素手で捕まえた兎や猪や熊だったという。 一般的な感覚を持つ者ならば、涙を流さずにはいられないような話である。 養い親ゲンカクは名のある武人であったが、あの事件で汚名が広がり、隠居生活で金を稼ぐのは難しかったのかもしれない。キャロという小さな街で、裏切り者と誹られながらでは職を得る事も出来なかったであろう。 子供2人を育てるのはさぞかし大変だったに違いない。 そういった諸々の事情から、ナナミは、節約と節食が身についているのだという。 「美味しいねぇ」 余った野菜の切れ端を鍋にぶっこんで煮ただけ、という安価なスープを、ナナミは一流シェフの作った最高級スープのように飲む。こんな顔をされれば、食材も料理人も冥利に尽きるだろう。 みみっちくパンをかじるナナミを見つつ、ルックは食後のお茶を啜る。彼女の食べ方は 非常にゆっくりで、いつも彼は食べ終わるのをゆったり待っていた。 なぜそれほどまでに遅いのか考察してみたところ、噛む回数が多くて飲み込むまでに時間がかかるというのが分かった。噛む回数が多いのは、満腹感を得るためだろう。 つくづく彼女の家は貧乏だったのだと思わせる。 「これあげる」 あまりに幸せそうに食事するものだから、ルックはついつい何かしらあげるのが習慣になりつつある食事時だ。 今回はデザートのフルーツのヨーグルトかけをナナミのトレーに置いた。 「え? 駄目だよ、ルック君がちゃんと食べなきゃ」 「良いから食べな。好きだろ」 「う、うん……」 「人の好意は、素直に受け取るものなんだろ?」 「――うん。ありがとう、ルック君」 女の子らしくデザート好きなナナミは、メニューが違うので内容が違うルックのデザートをもらって嬉しそうに笑う。 そんな顔を見る度に、やむにやまれぬ事情で家事上手になってしまったルックは思うのだ。 今度、餌付けでもしてみよう、と――――。 ナナミが胃袋から攻略される日は近いかもしれない。 |