ひどい女。


49:並んで歩く


 傷付いた少年が運ばれてきた時に思ったのは、純粋な心配と良い駒を得たという喜び。
 友達を、人を殺してしまったという少年に真実を教えず、穏やかで平和な空間があるよう装って、時々にさりげなく、考える事を促した。  看護の役割は好都合だった。その名目で彼の側にいて、心境の変化をつぶさに観察した。
 もし彼がこちらの都合の悪い道に行こうとしたのなら、それとなく軌道修正したに違いない。
 彼は、「計画」の為に必要な、重要な駒。
 動いてもらわなければならないし、動こうとするのなら、こちらの目論見通りに動いてもらわなくては困るのだ。

 人を駒のように見、動かす自分を、とても汚いと思う。
 思ってもやめはしない自分を、ひどいと思う。
 ラクス・クラインは、ひどい女なのだ。

 こんな自分を、彼が知ったらどんな反応を示すだろう?
 嫌悪するのだろうか、拒絶するのだろうか。
 ―――彼を思う気持ちに、偽りは無いのだけれど。


 だから、今の恋人を好きになったのかもしれない。
 彼は自分と同類だから。
 人を駒として見、動かす人間だから。
 自分の命すら計略とするところさえ、同じだった。

 人を人と思わぬ、人に心を許さぬ男。
 彼なら、少年にした事を知っても上手くやったと皮肉げに笑うだろう。

 そんな、人でなしの男が恋しい。
 ―――会いたい。

 しかし、それは叶わないのだと分かっている。

 自分はこれから、プラントに反逆する行為をしに行くのだ。
 仮にもプラントの軍人(ザフト)である彼とは、追い追われる関係になる。

 果たして、この行動は彼の目にどう映るのだろう。
 敵対した、と判断されるのだろうか。
 そう思われたなら、彼は容赦なく撃ってくるだろう。
 たとえ恋人であろうとも、敵になったとあらば討つ――そういう男だ。

 彼と自分がどうなるか。
 それは分からない。
 予想を得意とする自分も――恐らく、彼も。

 互いに銃を向けるかもしれない。もう会う事はないかも知れない。
 そう考える度に心が凍りそうになるけれど。
 この道は、譲れない。

 自分の夢見た理想も、選んだ道も、その為の行動も行為も、全て後悔などしてはいない。
 それでも。
 それでも、叶わぬ望みとは抱いてしまうもので。




 遠くない過去。
 一緒に歩いたわずかな時間。

 叶うならば――――あの時のように、並んで歩きたい。






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