向かってくるMSが、なぜ『彼』だと分かったのか。 そんな事は知らない。 理解しただけで充分だったから。 50:自分 大切な友人と、大切な恋人とが、目の前で争っている。 この集団の盟主的役割をする身としては、無論自陣のMSの無事を願わなければいけない。己の道を突き進む為には、キラに勝ってもらわなければならない。 そんな理屈は重々承知している。 ただのラクス・クラインとしての願い事は禁忌だ。 なぜならそれは、敵であるMSの無事――すなわち勝利を望む事だから。勝利した彼は、迷う事無くこの艦を墜とすだろう。 そして今、エターナルはMSへの防衛手段を持たない。 艦隊戦でならばどんな相手にも負けないと言えるこの艦でも、機動力のあるMSの前では鈍重であり、無力なのである。 ここで、死ぬわけにはいかない。 祖国から裏切り者の烙印を押されると分かっていてついてきてくれた、数多の搭乗員達を死なせるわけにはいかない。 ――どれほど気になっても、その戦いばかりに目を向けている事も出来ない。 混戦の中、次々と上がってくる報告。指示を乞う声。ラクスは自分で出来る範囲の判断を下し、仲間達を救わねばならない。 この戦いは、文字通り未来がかかっている。 どれほど絶望的でも、最後の一瞬まで諦める事は出来ない。 その瞬間は、あまりに呆気なく訪れた。 漆黒の宇宙に広がる光。 モニターをホワイトアウトさせ、視界を焼くような閃光は、洪水のように広がっていく。 優秀な兵士達が状況を分析、報告し始める。ジェネシスの状態、自陣の戦力状況、戦局、周囲の敵影……それらは右から入り、一応は脳に認識されつつもラクス意識は別のもので占められる。 彼等に言われなくても分かった。 彼は、死んだのだと。 彼と不思議な繋がりがあるなどと、爪の先程も思ってはいない。 なのに、何故だろう。 何故、分かってしまうのだろう。 死が分かるだけの繋がりなど、悲し過ぎるではないか。 泣きたかった。泣き叫びたかった。 どれほど破滅的な男であっても、愛した人だった。 愛していた。愛していた。愛している! けれど、泣く事は出来ない。 父が死んだ時と同じように。 ジェネシス内部に入っていったアスランとカガリ、彼と戦っていたキラの行方が知れず、クサナギのキサカとバルトフェルドが方々を捜索させている。 現状では、戦闘は起こりそうにない。 それら全てを確認したラクスは、一瞬、きつく瞳を閉じた。 何もかもを遮断するように。 何かを断ち切るように。 しかし、声は決して漏れない。涙は流れない。 コーディネイターの優秀な視力は、宇宙に漂う鉄屑をハッキリと認識した。 そこに、このエターナルに向かってきたMSの残骸があるのも見える。 彼の乗っていた機体。 無残に大破しているのは一目瞭然で、万に一つもパイロットの生存している可能性などないだろう。 彼に、伝える事が出来なかった。 胎内の息づく、小さな小さな存在を。 ラクスは自分の腹部に、そっと、愛しげに触れた。 彼の生きていた証明。 自分達の愛し合った証。 「世界を、見ましょうね」 誰にも聞こえないぐらい小さな囁きは、やはり小さな子供に届いただろうか。 彼が憎み、自分が愛した世界。 破滅せよと、平和になれと願った宇宙。 彼が見られない未来。 自分が見る未来。 全てを、この子には見て欲しい。 彼の生きた証となるであろう、我等の子に。 自分の生きた証となるであろう、我が子に。 |