走り去っていく子供。
 迷わぬその背の残酷さ。


004:さよならを、貴方に


 声を失った童女の面倒を、少女はそれは良く見ていた。
 城では雑用仕事で走り回っているというのに、ふと気がついた時、少女は子供と共にいる。子守りの仕事では無いという事は、童女が一人なので分かった。

「ピリカちゃん」
 やわらかに、やわらかに、少女は子供を呼ぶ。
 凄惨な経験から不安定になりがちな童女を、少女はいつも抱き上げて背を撫で、落ち着かせていた。

 全身で子供を慈しむその姿は、少女が新たな生命を生み育てる性なのだとリアルに感じさせる。
 守るべきものの象徴のような情景が、マイクロトフは好きだった。


 兵士や軍人、騎士を怖がっていた子供。
 恐れていた存在に囲まれている事も気に留めず、彼女は敵の大将へと走っていく。
 軍師の思惑通りに。

「ジョウイ!! ピリカちゃん!!」
 叫び、手を伸ばす少女を、拘束するように片腕で引っ張っていく。
 彼女をあちらに行かせるわけにはいかない。
 軍主の為にも。
 軍の為にも。
 ―――自分の為にも。
 どこまでも利己的な自分に、吐き気がする。


「やだやだやだ!! なんで…………っ!?」

 無理矢理引っ張る腕は――童女を守り続けてきた腕は、泣きたいぐらいに細かった。

 和平などもとより信じなかった軍師以下首脳陣は冷静に次の事態への対処法を話し始め、それを受けて城全体があっさりと落ち着いていく。
 そんな中、マイクロトフは言いようの無い苛立ちを感じていた。

 会議室の窓の外から見下ろせる場所には、誰も近づけない少女が座っている。
 全てが元に戻るのだと、恐らくは本気で信じていたに違いない彼女。
 愚かだと、子供だと思う。
 しかしそれは、愛すべき純粋さでもある事を否定出来ない。

 力なくへたりこむ背の小ささに、目の奥が痛くなる。


 どうしてあの少年は、少女の元に戻らない。
 どうしてあの童女は、少女の元から去った。

 今彼女を打ちのめすのは、間違いなくあの二人だ。
 少女を強く弱くし、その傍から消えた人間達。
 マイクロトフは、その理由だけで剣が振るえるだろう。
 あんな悲しい姿の少女を作り出した彼等が、殺したいぐらい憎らしかった。


『ピリカちゃん』
 優しい呼びかけ。
 きっともう聞く事は出来ない。

 ひとがひとを愛おしみ慈しむ、あのうつくしい情景はもう見られない。


 しかし、少女が愛した少年を、童女を。
 帰れぬ事態に陥れたのは誰なのだろう、何なのだろう。


 絵画のように綺麗な、ひとを大切にする姿を壊したのは、一体何だ?

 マイクロトフは自問し、即座に返ってくる答えに目を閉じる。
 その耳は、とめどなく続く戦争の話を捉え続けていた。


 走り去っていく子供。
 迷わぬその背の残酷さ。


 あの背はいつか、自分に向けられる。
 吐きそうな心地で、マイクロトフは思った。





 身を寄せ合う少女達を美化したマイクロトフ。
 彼がうつくしいと思ったものは、戦争の産物という事実。





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