こんな身体で、恋をした。
 一生に一度の恋だった。


006:決して、思い出さないように



 例えるなら、戦場に咲く赤い花。
 肩を並べられる、背中を預けられる、そんな相手。

「レイ」

 他人にはとっつきにくいと敬遠される自分に、軽く声をかけてくる。
 向けられる彼女の笑顔が、好きだった。

 裏表がなくて、屈託がない、光り輝くような眩しさ。
 抱いている感情の分かりやすいそれは信じやすくて、なんて愛しい。


 ずっと見ていたいと思った。
 だが同時に、それが叶わない事も知っていた。

 彼女を望むには、この身に時間はなく。
 命の短さを嘆くには、もう諦めがつき過ぎていて。


「もー。なに難しい事考えてるの?
 眉間に皺が寄ってるわよ」

 そう言って、レイが座っている事を良い事に皺がある部分に指を寄せてくる、強気で勝気で、情の深い女。

 ―――自分が死んだら、きっと泣いてくれる。

 涙が枯れるまで泣いて、声が嗄れるまで喚いて嘆いてくれるだろう。
 彼女はそういう女だ。
 それは嬉しい。
 悲しんでもらえるのは、少なからず自分が彼女の中に存在していたという証だ。

 けれどもレイはルナマリアに、あまり泣いてほしくないと思う。


 この短い生命が恋をした、あの笑顔を浮かべていてほしい。

 たとえその隣に自分がいなくても。
 他の人間がいたとしても。


「やめろ、ルナマリア」


 少年は素っ気無くいい、いまだ眉間に触れている指を掴む。
 自らの手にすっぽりと納まる、小さな手。
 その感触とぬくもりを、頭と身体に覚えこませる。
 これが最後だ。


 さよならをしよう。
 たった一人、好きになった彼女に。

「レイ?」

 手を離さないレイを訝しみ、ルナマリアが少年を覗き込んでくる。
 ずけずけものを言うくせに、時折驚くほど聡い少女。


 さよなら、を。

 君があまり泣かないよう。
 俺を嫌ってくれ。


 君を手酷く遠ざけた俺は、それでも身勝手に願い続けるだろう。

 生きて。
 笑っていてくれ、と――――――。




最近、ルナマリアを前にすると態度が刺々しくなるレイが、彼女の無事をやわらかく、誇らしげに語る。
もうあまり長くないのだと、諦念の顔をする事の多い同僚の、あまりにも優しい微笑に、シンは胸が痛くなった。
なぜ、レイはルナマリアにあのように接したのだろう、と。
なぜ、今の彼は、こんな顔をするのだろう、と。






 作られた存在の心を知る者は、いない。





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