それは花の夢。 008:いつか、君はきっと 先の大戦にて活躍した大天使の名を関する戦艦は、自由という名を持つ剣と共に、一国の代表を攫って華々しく旅立った。 かつて平和を目指し戦った船の出向は、時代が再び動き出したという事に他ならない。 ようやく漕ぎ着けたはずの和平が、明確に終わりを告げた瞬間だった。 ――知っていた。 こうなる事を、知っていた。 あの日、悲劇の地が青い星に墜ちていった時から、分かっていた。 止めなくては、砕かなくてはならなかった嘆きの墓標。 その地で結ばれた条約と共に降っていった。 あの人は無事だろう。 けれど、今後、穏やかな生活を続ける事はきっと出来ない。 彼女の名が、彼女の信念が、それを許さない。 だが。 「もうあなたには、前線に出て来て欲しくなかった」 分かっていても、思う事がないわけではない。 ひっそりと呟き続けるイザークの閉じた瞳に浮かぶのは、秋桜色の髪を持つ歌姫。 語りかける先は、遥か彼方――宇宙を隔て、地球にいるであろう彼の人。 「世界が、時代が、コーディネイターがあなたを求めようと、たとえそれが自身の意志であろうと……あなたに、再び出て来て欲しくはなかった」 青年の眉間に深い皺が刻まれる。 思い出すのは別れの日。 『近く、プラントを離れるというのは……本当ですか?』 絶望と、諦めきれない一縷の希望をこめて、彼女に問うた。 かろうじて耳に入ってきた情報が、嘘ではない事など分かりきっていてなお、聞かずにはいられない。 彼女はプラントに必要な人だ。 自分にも、必要な人だ。 『ええ』 ふわりと、ラクス・クラインは笑む。 完璧な微笑の隙の無さに彼は、これまで彼女の何を見ていたと自問する。 『わたくしは、罪を償わなければいけません』 ――ラクス・クラインはプラントを去る。 行く先はオーブ。焼かれた平和の国。 傍らには、一人の少年。最強と称されるMSの、最高の乗り手。 彼等は、なにものにもならないという。 それが。 『それが……あなたのすべき償いなのですか! プラントは、プラントへは、何もすべき事はないと!?』 彼女の裏切りは真実ではなく、しかしやはり裏切りだった。 『あなたは――――――……っ』 どれだけのコーディネイターが求める光だろう。 あの日、プラントに走った衝撃を覚えている。 その彼女が、去るという。 なにものにもならないという。 まるで、役目を終えた老人のように。 湧き上がる激情のまま叫び、みっともないであろう顔を手で覆う。 目の奥が熱かった。 『わたくしは、 『ッ』 息が詰まる。 言葉はなんて重い。 期待に応えろと、無責任に命じている。 鳥肌が立った。 もしもこの国が道を間違える事あらば、彼女は再び立ち上がるだろう。 男を利用し、国を使用し、己の目指すものへ突き進んだ女だ。 生まれた国であろうと、容赦しまい。 イザーク・ジュールは見る。 この上なく立派で、身勝手で、誰より美しい女を。 彼女のどこが妖精か。 炎のように激しい。 『こんなわたくしにもね、昔は夢がありました』 唐突な話題転換。 咄嗟に対応出来ないイザークに構わず、彼女は続ける。 『ユニウス7のようなプラントで、子供達に歌を教える先生になる――そんな未来を、思い描きました』 緑多いプラントの中でも、農業プラントとして自然豊かなユニウス市。 そこへ居を構え、夢溢れる子供達に小さな楽しみを与え、生きる。それは穏やかで、間違いなく幸せな生活だろう。 『信じられまして? プラント一の悪女がそんなささいな事を夢見ていたなどと』 聖女の微笑みを崩さない彼女は、なんて自分を良く知っているのだろう。 その夢は誰もが信じない。 だが、納得する。 『これからの生活で、恐らくそれに少し似た生活をするかと思います。でもそれは、わたくしの見た夢とは違うでしょう』 寂しげな横顔。 『それでも、わたくしは、行きます』 次の瞬間には変わる表情は、どこまでが女帝で、どこまでが少女のそれか。 未熟なイザークに判断がつかないが、彼女はいつだって本気な事だけは頭ではないところで察せられる。 だから彼は、真剣に、自分でも驚くほど緊張しながら、これだけを聞いた。 『ラクス嬢……プラントは、お好きですか?』 イザークの守りたい、たったひとつの故郷。 数多の戦場を駆け、仲間を失い―――怒り、泣き、それでもなお、彼を軍人たらしめる理由。 『故郷を嫌う者など、どこにおりましょうか。 ここは、わたくしを生み育てた地。 愛していますわ、このプラントを』 言葉のとおり、愛しさの溢れた顔で語るはラクス・クライン。 コーディネイターの優位性を否定する、優秀なコーディネイター。プラントの未来を担うはずだった女。 彼女は、この地を去る。 『だから、この地で、未来を生きる子供達に、歌を教えたいと願ったのです』 これだけで良い。 そう、イザークは思った。 これだけでもう、自分は彼女の行動を信じられるだろう。 けれど。 「―――あなたには、あなたの抱いていた夢を、叶えて欲しかった」 アイドルというプロパガンダの道を行くと定まった時に打ち捨てられたであろう、ささやかで可愛らしい未来の希望。 彼女には似合いの、許されない平凡な夢。 ウツクシイ理想を見据える瞳は綺麗で、手を汚す事すら迷わず突き進む姿は見事で、世界も、時代も、彼女自身もそれを望む。 「誰もがあなたに、"ラクス・クライン"たる事を望む。 俺もそうである事を、否定出来ない」 彼女が立ったと分かった刹那、身体に走ったのは歓喜の震え。 そんな自分が苦々しくて、ぎり、と唇を噛み締める。 矛盾する想いなんて、抱えるべきではない。 こんなにも人を動けなくする。 「だが、せめて俺だけは。 間違いが起こり、あなたが切り捨てた夢が叶う事を祈ろう」 言葉の終わりを待っていたかのように鳴り出すアラート。 戦闘が開始される合図。 戦争が続いていく証明。 いずれここに、彼女もやって来る。 それは花の夢。 大輪の華たる事を義務付けられた少女が見た、可憐な華の夢。 せんそうで はかなくちった はなのゆめ |