*途中巻まで読了。キャラクターの十代なネタバレあり。




















「シリウス」
 少女の呼びかけは、同じ名の空の星へと向けられた。


011:何て残酷なんだろう、あなたは


「あなたはきっと、後悔していないのでしょう」
 細い腕いっぱいの、真白の百合。
 彼女の身体が揺れる度、頼りなく揺れる。

「大切なハリーを守り、戦って死ぬ……かつてジェームズを、リリーを守れなかったあなたには、これほど、誉れな死もないのでしょう」
 常は感情を素直に顔に出す優等生の顔は、今は逆に無表情で。
 眉間の皺だけが深く刻まれてゆき、言葉は不自然に途切れた。

「満足、でしたか?」
 声は震える。

「……満足だった、でしょう?」
 それはまるで、己を納得させる為の呪文のようであった。



「ねぇ、でも」
かけ続けている呪文はまったく効かず、段々と表情が綻んでいく少女の面(おもて)。


「でも、あなたの死に泣くひとがいることは、考えなかったのですか?」
 言葉は星に届く事無く、地面に落ちた。


「あなたが好きな人々が、泣かないとでも」
 言葉に次いで、雫が落ちた。


「―――私が、泣かないとでも思っていたのですか?」
 言っても詮無い事であるのは、承知の上だった。


 今でも鮮やかな彼(か)の人。
 最初に会った時は長年の囚人生活でやつれていて、なのにその双眸だけがぎらぎらと光っていた。

「あなたの恋人だった私が、泣かないと……?」

 ぎこちなく触れてきた大きな手。
 父親ほども年が離れている、と落ち込んだ姿を。
 これは罪かもしれない、と苦悩する顔を。

 全てを、昨日の事のように思い出せるのに。


「―――――――――っっ!!」


 彼(か)の人の名前を呼んだつもりだったけれど、それは音にはならなくて。
 喉からはただ、引き攣った息ばかりが出て行く。


 泣いて。
 呼んで。
 叫んで。
 喚いて。
 泣いて。


 それも、いつしか終わりがくる。
 彼女は生きているから。


「しりうすぅ……」

 呼んでも呼んでも、答えは無い。
 それが死なのだと……ハーマイオニーは彼を失ってようやく知った。



 ぐちゃぐちゃになってしまった顔をどうにか清め、身だしなみを軽く整えて彼女は、眼下に広がる湖を静かに見下ろした。

「どうか安らかに」

 今まで顔を埋めていた百合から手を離す。
 白く豪奢な花々は、重力の法則にしたがって崖の下の湖へと舞い落ちていった。


「でも私、少し怒っているのよ。
 ねぇ……いつかそちらで会ったら、まず私に怒られる事を覚悟してね」

 水面に浮かぶ百合を見詰めながら、ハーマイオニーはわざと明るく言い続けた。

「ハリーにも、リーマスにも、たくさん怒られるのよ。
 それから、キスをしてあげるから」
 また震えそうになる声を、衝動的に百合の花を追いそうになる自分を叱咤して。
 ハーマイオニーは歩き出す。
 愛すべき親友達のいる学び舎へ。

 いつか彼に会う、その日。
 胸を張って、彼に会って怒ってキスをする。
 その日の為に。



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