俺達は、彼女が好きだった。


032:僕を切り裂く君の欠片



 空があの日のように蒼くて、それなのに彼女の墓は荒らされていた。
 憤りと哀しみを感じながら掃除した俺達は、何を言うでもなく、島でひとつの神社に足を向ける。


 2人で並んで歩くのは、そう珍しい事じゃない。
 かつては学校へ行く道で、たびたび肩を並べて歩いた。

 ああ思えば、あの時も話題は"彼女"の事だった。


 祭の時ぐらいしか人の来ない神社は、1人で考え事をしたりするには良い場所で。
 俺達が泣くにも、良い場所だった。


 俺は本殿へ続く階段の中ほどに腰掛け、両手で顔を押さえる。


 島を守る為に、あんな華奢な身体で羽ばたいていった少女。
 彼女自身はいないけれど眠っていると信じたい場所は、日々汚されて、罵倒を受ける。

 彼女が行かなかったら島はなくなっていたというのに、この仕打ち。
 それによって、悲しむ人がいないとは思わないのか。

 ―――たまらなかった。


 頭上で、鋭く息が吐かれたような音がした。
 のろのろと顔を上げると、彼女のお墓参りからずっと一緒にいた子が泣いていた。
「ふっ……う……」
 口許に手を当てて声を出すのを堪えながら、顔をくしゃくしゃにして涙を零す。
 目の前の相手は、俺と同じレベルで彼女の事を悲しむ、数少ない存在だった。
「とおみ……」
 間抜けな発音で彼女の親友を呼んで、手を伸ばす。
 がくん、と、女の子の膝が崩れた。

 あの子より大きい、しかし俺よりは小さい身体を、そっと引き寄せる。

 真っ赤に充血した目と、涙でべとべとの頬。
 今の俺が、最も好む他人の表情。
 皆、嘆けば良いのだ。嘆かなくてはいけないのだ。

 彼女が、いないというのに。


 ――――そう思っている俺は、泣けないけれど。


 泣かない俺を、決して責めない腕の中の子と、額を合わせ、頬を寄せる。
 止まらない涙は俺の頬に落ちて流れていき、まるで俺が泣いているように見えやしないだろうか。
 淡い期待を持っている。

 泣かない事の意味を分かりかけている自分を、あえて無視した。
 理解したとて、どうも出来ない問題だろう。


彼女ガ死ンダ事ヲ認メラレナイ、認メタクナイ、ナンテ。



 だから俺は、涙に暮れる少女の力を借りて、かりそめの嘆く姿を手に入れる。


 俺達は哀しみに身を沈め、同じ場所で漂う存在と身を寄せ合う。
 脳裏に浮かんでいるのは、空に散ったあの子の笑顔。


 雨降る空に、泣かないで、と笑顔の傘を差し出したかのひと。


「………………しょうこ………………!」


 叫ぶこの子も、俺も、きっといつまでも、彼女の事が好きだろう。



 泣けない俺は、それだけを確信する。




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