一目見たかった。 ただ、それだけだった。 「ね、あれ可愛くない?」 「あ、ほんとだ」 「これキモー」 「え。結構面白いじゃん」 「京子は何見てるのー?」 女の子達がにぎやかに話しながら歩いている。 その空気に、そちらに行きたいはずの髑髏はちょっと身を引いた。 生まれてから今までああいった空間に身を置いた事は無くて、ちょっとした恐怖すら覚えてしまう。 回れ右をしそうになる身体をどうにか押し留めて、静かに、髑髏は少女達の一団に近づいて行った。 一歩、二歩。 "彼女"との距離が縮まる。 ささがわきょうこ、という名のひと。 顔も名前も知っている。 今の髑髏の全てである"彼"の、触れる事が出来た意識の中で唯一色を持っていた存在。 ひかり輝いていたひと。 一度で良いから、この目で見たかった。 さらに足を進める。 あとほんの数メートル。 手を伸ばせば届きそうな位置。髑髏の緊張がピークに達したその瞬間、今に今まで友人達を雑貨を見ていた彼女が突如振り向いた。 「え……?」 どうしてだろう。 髑髏の事なんて知りもしないであろう彼女が、じっと、まっすぐにこちらを見ている。 まるで会えないはずの人を偶然見つけたかのような、そんな目で。 ついと眉を寄せて、その唇が動く。 「………………むくろ、さん?」 「!!!」 踵を返して、逃げた。 なぜ。ナゼ。何故。 その言葉だけが頭の中を駆け巡る。 どうして髑髏が近づいただけで、彼女は振り返り、あまつさえ"彼"の名を呼ぶ。 息が切れるまで走って、ふらふらになったところで減速して、電柱に手をついて身体を支える。 身体が熱い。 ドクドクと血が流れるのと同じく、叫びたいぐらいの感情が全身を走っている。 その気持ちの名は――――――喜び。 これは、嬉しさだ。 今は囚われのあの人の中にあった光が、つよく"彼"を感じることへの。 あんな行動はそうとしか思えなくて、それを肯定するように髑髏に繋がる"彼"の意識がさざめいている。 ようやく呼吸が落ち着いてきた髑髏の鼓動を跳ねさせたのは、苦しそうな呼びかけ。 「ちょっ、ま、待って…………!」 今度は髑髏がゆっくりと振り返る。 駆け込んできたのは、予想だにしていないひと。 「あ、足、はや、いんだ、ね」 ――笹川京子、だった。 「どうして……?」 「そ、れは、私もっ、聞きたい、こと、だ、よ」 両膝に手を当て、肩で呼吸する彼女は会話をするのも苦しそうなので、彼女の息が整うまで待つ。 あまり時間を置かず、額に汗を浮かべたままの彼女が言った。 「骸さんの空気を持つあなたは、誰ですか?」 尋ねてくるその目が優しい。すこし切なげだけれど、そこにあるのは紛れもない好意で。 たまらず、髑髏は彼女に抱きついた。 「髑髏。クローム髑髏だよ。…………京子」 様々な者から負の感情を向けられる"彼"の名を、ただ愛おしそうな瞳で紡ぐ彼女を、好きだと思った。 たったそれだけで、と言われれば確かにそうけれど。 きゅ、と抱きしめ返される。 きっと彼女は事態を飲み込めていないだろうし、髑髏のように感情に突き動かされているわけでもないだろう。 でも。 「よろしくね、髑髏ちゃん」 私達は、共に行く運命だと。 もうお互いに知っていた。 ――一目見たかった。 ただ、それだけだった。 けれど彼女は気付き、私達は今触れあう。 きっとこれは、あの人の導きに違いない。 私達は遠くない未来、彼を迎えに行く。 064:いつかあの空へ |