京子は体力がない。
 常々雲雀はそう思う。
 昨夜から今朝まで抱いたくらいで気絶して、腰が立たなくて起き上がれないのはまだ良いとしても、ひどく憔悴しているのはいかがなものか、とも。

「ほら京子、起きて」
「ひば、り……さん?」
 掠れた声に漂う色気に一瞬ムラっとくるも、さすがに自重する。
 気を逸らす目的も兼ねてベッドサイドのテーブルにトレーを置いて、京子の食事の準備を始めた。
「朝御飯だよ」
「すみま、せん」
 どうにか上半身を起こした少女の背にクッションを入れてやり、水の入ったコップを手渡す。纏うシーツが肌蹴ぬよう気を付けながら、彼女はこくこくと水を飲み干した。
 あれだけ喘げば喉も乾くだろうと内心で納得した雲雀は、とりわけた小皿から粥をすくい、京子の口元に運んだ。
「口開けて」
「じ、自分で食べられます」
「僕の言う事がきけないの?」
 木のスプーンを京子の唇に押し付けて問答無用と睨めば、観念して口を開く。
 ほどよい温度に冷ました粥は、京子の舌を火傷させる事なく咀嚼されていった。
「美味しい……」
「そう」
 口の中のものがなくなったのを見計らって、次を持っていく。子供に餌を与える親鳥になった気分だが、悪い気はしない。

 小鍋八分目ぐらい作ってきたのだが、京子は半分を食べたところで満腹だと申告した。
「だから体力がないんだよ、京子は」
「私は普通ですっ。雲雀さんがあり過ぎるんですよ!」
「どっちにしろ、京子にはもっと体力付けてもらわないと」
 小皿をトレーに置きながら言うと、疑わしそうな視線が向けられた。
「ど、どうしてですか?」
「僕が困るんだよ。いつまでも経っても満足出来ない」
「え゛?」
 ビキンと固まる京子に、雲雀が口角を上げる。
 あれで満足していたと思われていたなら心外だ。こちらは京子が気を失うから、仕方なくそこで止めているというに。
 デザートに持ってきたブドウの皮を剥いて、まだ硬直している京子の口の前に差し出す。
「……いりません」
 なぜか涙目になっている彼女は、ぷいとそっぽを向く。雲雀は肩を竦めた。
「しょうがないな」
 果汁滴る実を自分の口に放り込み、不思議がる京子の顎を掴んで口移しでそれを与える。
「んっ」
 咄嗟に顔を逸らそうとする彼女の行動を許さず、飲み込むまで離さない。
 雲雀の意図を悟ったのか、さほど時を置かず京子はブドウを嚥下した。その口元から、零れてしまった果汁がほろりと流れる。
「どう? 美味しいかい、京子」
「……っは」
 零れてしまった果汁を舐めとりながら雲雀が問うが、顔を真っ赤にした少女は答えなかった。

「はい、もうひとつ。せめて5個は食べないと許さないから。また拒否するなら、何度でも口移しするけど?」
「食べます……」
 がくりと肩を落とし、京子は今度は素直にイエスと言う。
 雲雀は満足げに目を眇め、薄く開いた唇にブドウを持った指を滑り込ませる。
 実が指から離れても、彼は手を引かなかった。
「んぅ……」
 口内を転がるブドウに、雲雀の指を傷つけないようにしながらもとまどう舌。
 すべてを指で堪能してから、ようやく少年は蹂躙を止める。唾液とブドウにまみれた人差し指を引き抜いて、京子が食べ終えるのを待った。
 小さな実をやっと飲みこんだ京子は、目尻に涙を溜めて雲雀を睨む。
 彼女にして見れば恐い表情をしているのかもしれないが、はっきり言って逆効果だった。
「ワオ。僕を煽ってるの、京子。朝から大胆だね」
 さきほど自重した事などすっかり忘れて、雲雀は身を乗り出す。
 濡れて冷えた指を京子の口元に当て、赤くなっている耳を甘噛みしながら言った。

「君のせいで汚れちゃったんだから、舐めて綺麗にしてよ」



 ―――その日、京子はベッドから離れられなかった。



069:わたしの居場所




某友人ズとのメッセから誕生しました。




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