ごうんごうんごうん
 洗濯機と乾燥機の動く音が響く部屋で。


 こんな場所と縁のない男が、最近ここを仕事場としている少女の背を見つめていた。
「ねえ」
「は、はい」
 部屋備え付けの椅子に座って、じっとこちらを見ていた雲雀にようやっと呼びかけられて、京子はおそるおそる振り返る。
 彼に監視されるような事を、自分はしてしまっただろうか。
「どうして君は置いて行ったの?」
「え?」
 言われている事の意味が分からず、彼を見返す。
 聡明なはずの雲雀は、京子の求めているような続きをくれない。
「君に聞いても意味が無い事は分かってるけど」
「あの……雲雀、さん?」
 相手が、自分を通して誰か別の人を見ているのだと分かる。
 そしてそれは、きっと――未来の自分。
「ねえ。どうして君は、僕を置いてあいつらのところへ行ったのさ」
「私が……?」
「そう。君はね、君が好きな僕を置いて、あいつらの……あいつのところへ行ったんだよ」
 雲雀が席を立つ。
 ゆらりと近付いてくる彼の視線は、自分から離れない。
 底が見えないくらい真っ黒な目を、京子ははじめて恐いと思った。
「あ、いつ?」
 彼が殺意をこめて呼んだその呼称。
 誰だか、分かる。
「よりによって六道骸のところへ行くなんて」
 すとん落ちてきたのは、理解という名の未来。

 ああ私は、行ったのだ。
 まだうっすらと思うだけの事を、実行に移したのだ。

 私もいずれ、同じ事をするだろう。

 友を振り切り、兄を怒鳴らせ、両親を泣かせて。
 水の中に囚われたあの人を助けようとする人達と合流する。

 納得し、胸の上で右手を握り締めた京子に雲雀の顔が険しくなる。
「そう。君も行くんだ」
 硬い声に背筋がゾクっとする。
 逃げなくては。
 目の前のこの人から、逃げなくては。
 頭の奥からの警鐘を裏切り、体はピクリとも動かない。雲雀は容易く距離を詰め、京子の首に腕を回す。
「させないよ」
「ひ、ばり、さん……?」
 頬に添えられた男の手に促され顔をあげる。

 見たことがないような優しい表情で、彼は。

「言っただろう、僕は君が好きだって。  六道骸の許へなんて行かせない」
「!!?」

 うっとりと囁いた。





 赤い肌襦袢が白い肌によく映える。
 暴れようとする京子の手を縛った黒い紐は思いの外長かったようで、頭上に放り投げられている手から肌蹴けた胸元まで先端を伸ばしていた。
 赤と黒と白の三色と、幼い身体に刻まれた紅の所有印は少女にみだらな色香を纏わせて、雲雀の口角があがる。
 京子の目は開いている。止まらない涙を流している。
 でも意識は現実を見ていない。
 ―――それでも、良い。
 ぴくりとも動かない身体を抱いて、雲雀は布団に潜りこむ。

「過去から良く来たね。僕の京子」




073:何処か遠くへ





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