背中にとんと温かいものが当たる感触。
「待たせたな」
 可愛い声なのに格好良い言葉が、背後からした。


「終わったぞ」
「うん」
 短い言葉に涙が出そうになる。
 この時をどれほど待っていただろう。
「いつから気付いてた?」
「――あのね、お兄ちゃんは私に言えない喧嘩をする時、いつも「相撲大会だ」って言うんだよ」
「了平……」
 呆れたため息が聞こえる。
 今は見えないけれど幼い顔にひどく不釣合いな、大人びたそれ。違和感を覚えたのは、いつだったのか分からない。
 そっと、じっと、見ていた私。
「たいした女だ、お前は」
 彼は気づいた。
 そうして私は、無邪気な子供の発言だと片付けていたすべてが真実だったのだと知り。
 お兄ちゃんのいつもの嘘に、なにかが起こっていることに感づいた。

「――次はもうない?」
「約束は出来ないな。オレは殺し屋で、あいつらはマフィアだ」
「勝手にしたくせに」
「オレはツナの――ボンゴレ十代目の家庭教師だぞ。ファミリーな必要な人間を見つけていくのも仕事のうちだ」
 ひどいひと、と唇を動かす。
 音に出来るほど、彼の事が嫌いなわけじゃなかった。

 すん、と鼻をすする。
 息を吸って、吐いて、お腹に力を入れた。

「お兄ちゃんとみんなを巻き込んだあなたを―――」
 ピク、と背中に触れている小さな体が揺れる。
 流れるな涙。震えるな声。
 痛くても、言葉にしなくちゃいけい時もある。
「憎まないし、嫌わないし、許すから」
 そのかわり、と切る。

「一生覚えてる」

 殺し屋リボーン。
 私の大切な人を、大変な道に連れて行ったあなた。

「ずっと忘れない」


 だからあなたも、事切れるその時まで覚えていて。

 たくさんの人の人生を変えたこと。
 ――ちからを、つよさを。
 仲間を、絆を、与えてくれたこと。

 恨み言もあるけれど、あの人達が誇らしく笑っていることを、感謝している。
 これは、言ってはあげないけれど。



「京子。お前はマフィアの良い妻になれるぞ」
「嬉しくないなぁ」
「オレの女にしてやっても良い」
「それは光栄」
「本気だぞ」
「嘘つき」
 静かな笑い声がした後、彼は立ち上がって。
 私は、背中がうすら寒いな、なんて思った。



「Ciao」
「チャオ」

 彼の滑らかなイタリア語と、私の拙い挨拶を最後に、私達の秘密の会話は終わった。




097:なけなしの





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