ひとつ年上の恋人は、自分の魅力を分かっていない人である。
 どんな表情がどんな行動が男の心臓を揺らすかあまりにも理解していない。

「まどか? おはよう?」
 眠たげな眼を細い指で擦りながら撫子がこちらへ歩いてくる。
 視力が悪いなので、彼女がどういった格好をしているのか、近付かれるまではっきりとは見えていなかったが。
「円?」
 きょとりと撫子は首を傾げる。大きく開いた襟ぐり。だぼだぼの袖。それなのに裾は足の付け根よりわずかに下の短さ。ほっそりとした足が惜しげもなく晒されている。
 彼女が着ているのは円の長袖のTシャツだ。
「それ、俺のじゃないですか」
 内心の動揺を押し隠し、不機嫌を装って言えば、長い睫が上下する。
「ごめん、なさい……近くに、自分の服が見当たらなかったから……借りた、わ」
 まだ頭が起ききってないのか舌足らずな答えが返り、小さな頭が左右に危なげに揺れた後、ゆるりと円を見上げた。
「おみずちょうだい?」
 男の服を着て、上目遣いで、あどけない口調で、撫子はそう言った。
 ひとつ年上の恋人は、自分の魅力を分かっていない。どんな表情がどんな行動が男の心臓を揺らすかあまりにも理解していない。

 円は、自分の理性の音が切れるのをハッキリと聞いた。


11 くるわせたいの



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