ピクリとも動かない少女。
 打ち捨てられた身体はズタボロに傷ついていた。



23 キズモノ



 下校中に行方不明になった笹川京子を(その兄がうるさくて)捜索していた風紀委員会は、同じく動いていたボンゴレ勢やたまたま訪れていたキャッバローネよりも事態の把握と対象の発見が早かった。
 笹川京子を誘拐したのは国を追われた異国のマフィア。
 しでかした事が故郷の裏社会全体を揺らし、ファミリーごと追放されたらしい。
 破れかぶれになった荒くれ共はこの地に辿り着き、半端な知識を元に裏社会でかの有名なファミリー・ボンゴレやこの地を治める風紀委員会と繋がりのあるこの少女を狙った。
 無論、事の次第が判明した時点で三組織が奪還と収拾に動いたが、雲雀が彼女に辿り着いた時にはもう遅かった。
 放棄された奴等の隠れ家のひとつ、埃だらけの倉庫の床に笹川京子は倒れていた。

 髪は汚れところどころ短く、頬は腫れ、制服はやや破れて、露わになっている肌は傷ついていたり、火傷も見受けられたりしている。
 既に倒した彼女の見張り役達は、母国語混じりの汚い英語で「一言喋りやがらねえこの娘!」「素人だろう? なんて頑固なんだ」「犯すか?」「いや拷問すりゃいい」などと言っていた。
 そこからも分かる、連れ去られた彼女の振る舞い。
「――何も言わなかったようだね」
 実際には笹川京子は何も知らないが、わずかな情報すらも口にしなかったらしい。
 傍らに足をつき、疲労が色濃い顔に触れる。ピクリとも動かなかった女はうっすらと瞼を開けた。
「…………」
 唇はなにかを言おうと形作るのに、音はひとつも零れない。声すら出せないのだろう。
 だが、言いたい事は唇の動きから読み取れた。
『み、な、さ、ん、ぶ、じ、で、す、か』
 雲雀は黒瞳を見張る。
 まさかこの弱い生き物が、(雲雀から見れば大した事はないとはいえ)害された上でこんな事を言うとは予想外だ。
「誰も傷ついてないよ」
 事実を言ってやれば、少女は瞳を細める。
 笑った、のだろう。
 小さく口元が動く。読み取れぬほどかすかな開閉を最後に、笹川京子は気を失った。
 頬に触れていた指を、端から血を流す唇へ滑らせる。
「草食動物?」
 弱くて群れるイキモノ。
 並盛中のマドンナともてはやされるこの娘もそうだと思っていたが、それは間違いだったらしい。
「いいや、違うね」
 脆弱なのは否定しようもなくとも、一人で戦い切った事は間違いない。
「ささがわ……きょう、こ?」
 草食動物というカテゴリーの中からするりと抜け出した女の名に、はじめてきちんとした認識を持つ。流れるようなそれを幾度か口の中で繰り返した。
「京子」
 部下が到着するまで放置する予定だった、気を失ってぐったりと脱力している少女の身体を抱き上げる。
 先程は指で触れた血濡れた口唇に自分のそれを寄せ、流れたアカを舐め取った。強敵を前にした時にも似た興奮に身体が熱くなる。
 片腕に座らせ、顔は肩にひっかかるようにして安定させて歩きだした。
 娘の体は軽く、先程潰したマフィア共に新たな殺意が沸き上がったが、それよりも彼女の保護を優先する。咬み殺すのはいつでも出来る。
 喉の奥が鳴る。
 これは面白いものを見つけた喜びだ。
 体勢から、自然とこちらの首辺りにもたれかかる頭に頬を擦り寄せる。
「楽しませてよね」
 群れる事――ひいては触れる事もあまり好きじゃない自分にとっては珍しい行動に、雲雀は笑う。とても楽しそうに。

 夜の倉庫街。
 遠くから、バタバタをとうるさい足音が響き出していた。




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