可愛い女を見たら声をかける。 シャマルにとって、息をするのと同じぐらい当たり前の行動である。 26 「正確に」笑って 最近は表の仕事である保険医の業務を消極的にこなしていたシャマルは、久々に裏の仕事で並盛を出ていた。 夫を病死に見せかけて殺してほしいという妻の依頼を難なくやり遂げ、被害者からの暴力で疲れ果てた彼女と成り行きで一夜を共にするというかなり美味しい結果となったので、道徳にあまり頓着をしない闇医者はすっかり上機嫌で帰り道を歩く。 住んでいない町というのは変哲のない道でも新鮮に見えるもので、久々に並盛を離れたシャマルがいつもよりも周囲の景色を見ながら足を動かしているとその視界の隅に見覚えのあるカラーリングが掠めた。 「まさか、ねぇ……」 顎に手をやり撫で摩る。週の何日かは見る、シャマルの仮宿・並盛の王様のバイク同じマシンの姿についぼやいた。 さほど珍しいものではないのだ。休日でも制服を着て何かしらの仕事をしていると噂の 雲雀恭弥が、あまり離れていない町でもいるはずがない。 結論付けたシャマルはバイクの進んだ方向へ曲がると、フッと道路が陰に支配された。 頭を上げれば、道の左手が豊かな緑で覆い尽くされている。住宅地にある公園らしいが、随分と広さを有しているらしい。しっかりとした設備と広さの駐輪場が見える。 自転車がまばらに並ぶスペースはバイク置き場を兼ねているのか、先程のマシンが停車していた。 (お) タンデムしていたのは見ていたが、今は運転していた男がシャマルに背を向けており、後部座席に乗っていた女がこちらに前身を見せる形だった。それだけなら通り過ぎたろうが、まだ距離のあるシャマルに気付いていない女――少女は良く見知った顔で、つい足が止まる。 (子猫ちゃんじゃねぇか) 勤め先の中学校のマドンナ。シャマルの裏の関係者の何人かと友人知人であり、何より可愛い女を愛する彼の中でかなり上玉のお気に入りの少女――笹川京子だ。 タンデムの体勢ではなく、バイクの後部座席を椅子のようにしてちょこんと座る京子の前、こちらに背中を見せる黒髪の人物に顔を寄せられ、恥ずかしいのか首を竦めた。 それなりに距離を開け、こちらの気配を消した上に注視しないよう徹底しているシャマルにも分かる甘い雰囲気。 今現在、隣に女のいない女好きの男は口の中で悪態をつく。 と、騒がしい気配が道の前方から感じられる。それは京子の恋人も同じようで、過敏に反応してそちらを見た。 (オイオイ、本当にヒバリかよ) バイクから連想し、いるはずがないと片付けた少年の横顔にさすがのシャマルも驚く。 京子に何事か言った雲雀は、視認出来るようになった気配――柄の悪そうな青年達のグループの元へ歩いていった。 群れる者を潰す性質は町が違っても変わらないらしい。理不尽に咬み殺されるだろう人間達は男なのでさして同情せず、シャマルはぽつんとバイク上に残された京子に歩み寄る。 「よう、子猫ちゃん」 「シャマル先生!」 大きな瞳を丸くして驚きを示す京子は、頬がほんのりピンクに染まっていてより一層愛らしい。 「デートかい?」 「あ、はい」 デートという単語が恥ずかしいのか益々顔を赤くして俯く彼女はとても初々しく、女好きを公言して憚らない男をいたく刺激する。すぐ近くに雲雀がいるのは分かっており、危険なのは重々承知しているがシャマルは行動せずにはいられなかった。 すっと距離を詰める。 バイクに座る京子と半歩もない近さで、シャマルは日の下で纏っている雰囲気を消した。 「せっかくのデートで女の子を置き去りにするような彼氏なんて放って、オレと遊びに行かないか?」 冗談と流せる雰囲気を封じ込め、半分くらい本気で声を出して少女を見詰める。てっきり慌てふためくかと思いきや、彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返してじっとシャマルを見返してくる。 そうしてふうわりと花が綻ぶように笑った。 同時に、背中に走る怖気。感覚と経験の警告に従ってシャマルは真横に跳ぶ。 右耳のすぐそばで風切り音。先に着地した左足を回して体の向きを変えつつ更に距離を取る。一瞬前までシャマルがいた場所に悪寒の正体・襲撃者は立っていた。 「何してるの」 ギラついた漆黒の瞳がシャマルを睨む。殺気と怒気が混ぜ合わさった雲雀の空気は、常人なら失神しそうなほど尖っているがそれに呑まれはしない。崩れた体勢を立て直し、肩を竦めて言い放つ。 「カワイコちゃんが一人でいたら声をかけるのが礼儀ってもんだろ」 「そんな礼儀、あなたの頭と一緒にかち割ってあげるよ」 雲雀の手にあるトンファーが唸り、風を切る音があたりに木霊する。膨れ上がる少年の殺気にさすがのシャマルも危険を感じ始めた。視界に入る青年達の二の舞になりかねない。 「雲雀さん。おかえりなさい」 破裂しそうな空気に滑り込む場違いに平凡な挨拶。ふしゅる、と風船がしぼんだイメージすら沸き起こる。 「……京子」 「はい?」 不機嫌な雲雀に睨まれても少女はにこにこ笑っている。 状況を理解していないからの無邪気なものか、全てを分かっているが故の制止のそれか、綺麗な笑顔から読み取れない。ただ毒気を抜かれた事は確かで、それは雲雀も同様のようだった。 ふうと並盛の王様が息をつく。構えを解き、シャマルから興味を失ったとばかりにバイクに腰を預ける。少女もそれにあわせてか上半身を斜めにし、結果的にこちらから雲雀が見えなくなった。 「シャマル先生」 首を曲げて顔だけをこちらに向けた京子は瞳を細める。 「お話してくださってありがとうございます。また、学校で」 にこりとキレイな笑顔は、シャマルが口を挟む隙を与えない。 決して無力ではなかっただろう大人の誘いに微塵も揺れなかった少女に敬意を表して、両手を上げて降参のポーズを取る。 「じゃあな、子猫ちゃん」 自他共に認める女好きは踵を返し、別れの言葉は女性へだけ投げた。 あのカップルの前を通るのが最短の帰り道だが、ここでそれを実行するほど無粋でも命知らずでもないシャマルは悠々と別の路地へと去った。 声をかけた可愛い女に自分ではない男がついているとは、なんとも残念な事である。 (奈々様/ヒバ京で甘い雰囲気の二人に間男が現れるも見事玉砕な話はどうでしょうか。) リクありがとうございました! |