未来だとかいうふざけたところへ呼ばれ、また一時的に現代に戻されて。
 並盛中学校の事実上の支配者である雲雀を待っていたのは大量の仕事だった。
 緊急の事から些末な事まで内容は多岐に渡る。
 その中に、時期外れの転校生二名に関する書類があった。父親の都合で転入してきた双子。二名とも本日から2年A組へ編入している。
「ヒーバーリー?」
 執務机とは違うテーブルで遊んでいた鳥が肩まで飛んできて、着地と同時に首を傾げて覗きこんでくる。小さな生き物の前に手を差し出せば意図通り指に飛び乗ってきたところで、滑りこむようにチャイムが響いた。
 大きな音量で学校全体に放送される時間の区切りは、午前の授業の終わりを知らせるもの。途端に校内の空気がざわつく。
 指の上をちょこちょこと飛び跳ねていた鳥が唐突に飛び上がり、窓の外へと消えていく。なんとなく気が向いて雲雀も立ち上がると透明な硝子に手をついて階下を見下ろした。
 黄色い羽毛の塊は、色素の薄いショートカットの女子のもとへゆるやかに降下する。後姿でも、彼女が笹川京子だと雲雀には分かった。
 少女は振り返り、鳥へその手を差し出す。きっとあの細い指を止まり木にしてやっているのだろう。想像がつく。
 女子供にも容赦しない雲雀を怖がらず接する稀有な後輩は、もう随分前から自分の中でただの草食動物ではなくなっている。早く手に入れたい存在に雲雀は息をつき、京子の隣の特徴的な髪色に気付いて目を細めた。
 紅葉よりもややくすんだ赤と、同じく控えめな輝きの金髪。ついさっき書類に添付されていた写真で見た二色である。
 校内案内でもしているのか、京子はあちらこちらを指差して口を動かす。それに頷きなどを返している赤い髪の女子が、何気ない動作で雲雀を見てきた。
 不自然さはなく、しかし真っ直ぐ。それに意識ではなく身体が反応を示した。
 すぐにその視線は京子ともう一人の転校生へ戻り、もう雲雀を見る事はなかったが、肉体の警戒は解けない。
 ただの転校生ではこんな風になったりしない。雲雀は窓から身を翻し、眉間に皺を刻みながら口を開いた。
「副委員長」
 大きくない呼びかけでも腹心は聞き取り、静かに入室してくる。
 執務机に置いたままの転入生二名の書類を手にとって、部下へ手渡した。
「この二人の身元を急ぎで調べて」
「はっ」
 紙切れを手にした草壁がリーゼントを揺らして部屋を去っていく。学ランの黒い背中を見送って、雲雀は座り心地の良い椅子に身を預けた。

 校内の巡回は雲雀の毎日の業務のひとつである。
 昼間、転入生に感じた違和感はまだ体内に燻っており、群れている者がいればそれを解消する相手にしてもいいと考えつつ歩いていると、前方から数冊の本を抱えた京子が歩いてきた。
「あ、雲雀さん。こんにちは」
「放課後なのに何してるの」
「図書館に本を返しに行くところなんです」
「そう」
「雲雀さんはお仕事ですよね。お疲れさまです」
 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる京子は、急ぎ足で去ろうとする。
「なにそんなに急いでるの」
 少女のあまり見ない行動につい声をかけると、彼女は両足を揃えて立ち止まった。
「うちのクラスに転校生が来たんです。街を案内する約束をしていて」
「ああ、あの二人」
「知ってるんですか?」
「転入者のチェックも僕の仕事だから」
 京子はなるほどと頷いて、そのまま動かない。不自然な沈黙に雲雀のから「何?」と聞いた。
「その、変な話なんですけど、姫子ちゃん達に会うの、初めてじゃない気がするんです」
 知らない顔なのにどこかで会ったような気がすると京子は訴える。
 彼女の説明がつかない勘の良さは雲雀も知っている。自分でも先程引っかかりを覚えていただけに、京子の言葉は警戒感を強めた。
「京子ーぉ? 図書室行ったんじゃないの?」
「姫ちゃん。紋太くんも」
「早く帰ろうよ」
 京子が歩いてきた向こうから、件の転校生が歩いてくる。針山姫子の声は普通のものだが話し方に抑揚がなく、奇妙に耳に残った。
 目の前で群れようものなら咬み殺してやろうと思ったのだが、双子は足を止めずに姫子が京子の腕を取る。
「ひ、姫ちゃん?」
「ほらほら早く行こ」 「失礼します」
 おざなりに紋太が雲雀へ挨拶をし、引っ張られて遠ざかっていく京子が慌てて振り向く。
「雲雀さん、さようなら!」
 別れの言葉は尾を引いて消える。
 意中の娘を奪われた雲雀の心臓はチリチリと燃えるような不快感を主張していたが、彼はシシシという独特の笑声を聞き逃しはしなかった。

 聞いた覚えがある。あの耳につく笑い方。
 思い出そうとしても、元より人に関心の薄い雲雀には記憶に留めていない事が多く、追うのが困難だった。
 あの時京子を持っていかれた苛立たしさは日が経っても治まるどころか酷くなり、雲雀は見回りと称してバイクで街へ繰り出した。
 黒い学ランとバイクの組み合わせは並盛の住人にとって支配者を連想させるもので、雲雀の前方は速やかに道が開いていく。
 いくつかの群れを潰してもあまり気分が晴れず、シャツの胸ポケットに潜んでいた鳥が騒いだのでバイクを止めた。
「なに?」
 自分で潜り込んだというのに、いかにも窮屈だったと雲雀の胸ポケットから飛び出していく鳥のその行方を見やる。つい先日こんな事があった。
 このパターンはきっとこの前のようになるという既視感。
 鳥は上空へと舞い上がったが、雲雀の目は予想通り違うものを見つけた。
 最近やたらと遭遇しているような気がする後輩の少女。隣には赤毛の転校生。二人は共に歩きながら談笑している。
 ずうっと消えない不快感が腹の底にも移動し、雲雀の全身を冒していく。この感覚がなんであるか、さすがの少年も分かっていた。
(ああ面白くない)
 雲雀に背を向けている京子を振り向かせ、自分しか見ないようにさせたい。あの小さな身体を抱き潰したい。
 喉が渇いてくる飢餓感に襲われていると、どういう流れか針山姫子が京子の真正面に回っていた。それは図らずも雲雀とも相対する位置になる。
 いまだに詳細な報告書があがってこない転入生は、片手に買い物の袋を持ち、もう片方の手を会話の流れなのか動かした。
 タクトを振る指揮者のようなその動作。
 気付けば雲雀はバイクを発進させ、そう距離のなかった二人のところへ回り込んで姫子にトンファーを振るう。手応えはない。
「雲雀、さん?」
 京子には、突然バイクに乗った雲雀が目の前に滑り込み、姫子が消えたようにしか見えなかっただろう。
「コンニチハ、風紀委員長サン」
 姫子――否、ヴァリアーの暗殺者は、雲雀の攻撃から逃れて京子の背後で毒花の笑みを浮かべる。
「気持ち悪いからやめてくれる」
「女の子にそんな事言うなんて酷ーい。ね、京子」
「え? え?」
「楽しいデートを邪魔するのはどうなんですかぁ?」
 一人事態についてこられない京子の肩に手を置いて、ヴァリアーは勝ち誇った表情で嘲る。雲雀の中の何かが切れた。
「弱い動物ほど良く吠える」
 殺気を向けながらの言葉は高貴な血筋とやらの人間のプライドに触れたらしい。女子の皮を被ったヴァリアーの顔にヒビが入り、雲雀を射殺さんばかりに睨みつける。
 空気の変化を感じ取ったのか、京子があからさまに怯えた顔になった。
 バイクのエンジンを切って停車し、コンクリートの上に足をつける雲雀に対して、ヴァリアーもゆるやかに京子の後ろから前へと移動してくる。
「雲雀さんっ、姫ちゃん!」
「ちょっと下がっててね、京子」
「危ないから離れてて。それから、終わったらちょっと話があるから」
 慌てて止めに入ろうとする京子を遮るように飛んできた鳥のタイミングの良さを内心で褒め、自分の言いたい事を投げておく。
 こんな邪魔が入るならば、早々と彼女を自分のものにしておかなくては。
 決めてしまえば胸はすっと風通りが良くなる。闘争の気配への喜びと、それとは別の楽しさから、雲雀は口の端を上げた。
「僕は忙しいんだ。すぐに咬み殺されてくれる?」
「誰に言ってんの。オレ王子だよ」
 京子には聞こえない小声の遣り取りが、戦いの始まりだった。


 後日、応接室で執務をしていた雲雀のもとに、草壁が書類を片手に報告しにきた。
「委員長、遅くなって申し訳ございません。例の転入生の事ですが……」
「もういらない」
「は?」
「あの二人はもう並盛の生徒じゃなくなった。必要ない」
「また転校ですか?」
「自分で調べたら。もう話す事はないよ」
「し、失礼しました」
 冷や汗をかきながら草壁が退室する。
 結局あの戦いは赤ん坊・リボーンからの電話で決着がつかず、並盛への侵入者を見逃した形になった雲雀の機嫌はあまり良くない。
 しかし。
 応接室の扉を控えめにノックする音。壁を隔ててやわらかい声がかけられる。
「雲雀さん、いますか?」
「いるよ。入って」
 ヴァリアー・ベルフェゴールとの腹立たしい戦いで手に入れたものはあり。
 雲雀の腕の中に閉じ込めたそれは、ほのかに染まった頬でおずおずと入室してきた。

「良く来たね」

 馬鹿げた騒動の中の収穫に、雲雀は機嫌良く喉を鳴らした。




27 問答無用






(匿名様/リクエスト「雲京ベル・アニリボで京子ちゃんがベルとデートしていたので、それにヤキモチな雲雀さんと余裕ぶってるベルとの京子ちゃん争奪戦」)
リクありがとうございました!






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