ライダー達へメール送信が終了したのを確認し、携帯電話を制服のポケットに仕舞う。
 熱を出した教官を心配しているくせに素直じゃない六人の挙動を思い出して軽く溜息をつき、ベッドの住人になっている少女に視線を戻した。
「あまかす、くん?」
「はい」
 食事を終えた後すぐに静かになったのでてっきり眠っていたと思っていたが、意識はあったらしい。ぼんやりとしたアキラの瞳がこちらを見ている。
 真っ赤だった頬がやっと薄ピンク色になってきており、呼吸も随分と穏やかになった。今夜一晩休めば明日には回復しているだろう。
「ごめんね、迷惑かけて」
 弱々しく謝られ、甘粕は眼鏡のブリッジを押し上げる。
 彼が女性であるアキラの私室にいるのは仕事に必要な資料を取りに来たからで、それは彼女の手元にしかない機密のもの――更に言えば、今日二人が取り掛かろうとしといた業務の為のものだ。
 予定していた事柄は当然遅れる。
「そう思うなら早く治してください」
 言うまでもなく、体調管理は仕事を持つ人間の義務だ。無理が祟る前にセーブすべきだろう。甘粕はそう考えるが、もちろん人間は完璧ではないし、病気になる時はなる。それにアキラは手懸けていた仕事がキリの良いところまでは仕上げていた。
 甘粕の中ではプラマイゼロの評価だ。
「起きたならもう少し栄養を取った方が良いですよ。先ほどあまり食べてないようでしたから」
 退室する時に持っていこうとした食器の乗ったトレイを見やれば、手がつけられていないガラスの小鉢がある。中身が林檎のすりおろしだったので、果物は空気に触れて赤茶色になっていた。
 アキラもメニューを思い出したのか眼を瞬かせ、布団の下でもぞもぞと動かしゆっくりと上半身を起こす。細いその身体を支えるほど、彼女との関係が近いわけではない。その事実は甘粕の胸をやかすかに軋ませる。
「食べますか?」
「うん」
「新しくすりおろしましょうか」
「ううん。それでいい……甘粕君が作ってくれたの?」
 優秀な教官の洞察力にやや驚く。彼女の言う通り、それだけは甘粕が用意したものだった。
「ええ。たまたま知り合いから送られてきたので」
 風邪になるとこれが出された記憶からか気付けば用意していた品。アキラに渡すと嬉しそうに笑う。その特異な存在故に、彼女に家族はおろか、親しい人間もいないかもしれないと思い至った。
 同情か感傷か分からぬものを心の奥に沈め、果実を口に運ぶアキラを眺める。
「美味しい。ありがとう」
 料理だなんてとても言えない、しかも変色してしまった代物を喜ぶ様はあどけない。その微笑ましさに自然と肩の力が抜けた。
「まだ林檎がかなりあるので、言って頂ければ持ってきますよ。消費に協力して頂けるとこちらも助かります」
「……また、すってくれる?」
 非常に珍しい彼女の甘えは、恥ずかしげな上目遣いという卑怯な要素を孕んで甘粕に襲いかかる。自分の手を経たものがアキラの口に入ることが、急にエロティックだと感じた。
「ええ、構いませんよ」
 感情を押し殺して素っ気なくなった自分の答えにふにゃりと相好を崩した少女に、甘粕も小さく笑った。




36 コケティッシュ光線





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