56 おあずけ

(2009雲雀誕生日SS)




 彼はその日を覚えていなかったらしい。
 合鍵を使って入った彼の家はがらんとしていて。
 たくさんの食材とプレゼントを手にしてやって来た私は、約束をしないで来た事を悔やんだ。

 彼の好物をすぐに出せるよう下準備をして帰りを待つ。
 帰宅したあの人にどんな言葉をかけよう。
 もしも驚かせたら、どんな顔をするんだろう。

 そんな事を考えて待つ時間は長くて短くて。
 気付けば時計の針は夜の8時過ぎ。
 今日は家に誰もいないから気にしなくて大丈夫なはずの、いつもの門限が頭を掠める。

 ガチャリ

 前触れなく玄関が開いた。
 びくっと揺れた体はそのまま立ち上がり、音のした方へ向かう。

「雲雀さん、お帰りなさい」
「京子?」

 切れ長の目を丸くした彼はすぐに優しい顔になった。
「なに。来てたの? 連絡くれればすぐに帰ったのに」
「きっとお仕事だろうと思って……」
「うん。今日は祝日だからイベントが多くて、取り締まりにね」
 楽しそうに顔を輝かせる彼に微笑む。悪戯っ子の子供みたいな表情は可愛い。やっている事は怖いのに。

 さきほどまでいたリビングに辿り着くと、蛍光灯の明るい光の下の彼がはぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「……もしかして、眠いんですか?」
「うん。京子」
「はい……きゃっ」
 答えている途中で体が強い力で引っ張られ、気付いた時にはソファに座らされていた。
 急に変わった視界に驚いていると、膝の上にぽすんと乗っかってくる黒髪。絹みたいな髪を持つ頭はもちろん彼のもの。私のお腹の方へ顔を向けて目を閉じる。
「少し寝かせて」
「あ、ちょ」
「おやすみ」
 眠る事が好きな人は一瞬で眠りに落ちて、私はひとり残される。
 膝枕。
 やったのはこれが初めてだ。
「もう」
 さきほどよりも可愛い顔で眠る大事な人。
 ずっとずっと帰りを待っていて、あまりに帰って来ないから(連絡をしない自分が悪いのだけれど)さっきまでちょっとだけ不貞腐れていたのに。
 なんだかもうどうでも良くなってしまった。

 髪の毛の間から顔を覗かせている耳を軽く引っ張り、ずうっと言いたかった一言を。

「Happy Birthday」

 愛しい人。
 生まれてきてくれてありがとう。




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