片手にカメラを。
 写真を撮りに行こう。



60 はじまりは、いつもこの場所



 かつて赤ん坊の家庭教師に言われた課題。
 断ったら、容赦のない蹴りを入れられたのは懐かしい記憶。
 面倒臭がり屋の自分は痛みに悶絶しながら、家庭教師のお仕置きが怖くて、増え始めた仲間の元へ歩いて行った。

「懐かしいなぁ」

 十代の頃に離れた並盛の町は、記憶の中にある姿と変わっている。
 少し古ぼけたアーケードのある商店街は少し古くなった印象を受け、中の店は知らない店舗が多い。駅前は随分と整備されて綺麗になっているし、前はなかった背の高いビルも多くなったし、洒落たお店も増えた。
 感じる寂寥。
 ここを離れた時と似ているような、似ていないような。

 それでもトボトボと歩き続ければ、変わらないところもあった。
 見慣れた住宅。古くからある日本家屋。何度も横を通った椿の生垣。葉を落としたあの木は確か桜だったはず。
 住んでいた家こそもうないけれど、なんて身体に馴染む道だろうか。
 ほっとして、知らず足が学校へ向かっている事に気付く。
 まるで習い性だ。
 この町の記憶とあの学校はイコールで結ばれているらしい。

 風紀に厳しい、暴虐なる王様が座していた並盛中学校。
 ダメツナと呼ばれていた自分に友達が出来た。笑いがあった。戦いがあった。涙があった。思い出はとてもカラフルな色をして、綱吉の中に根付いている。

 マフィアになると覚悟を持って卒業した場所。
 大きなコンクリートの建物が見えてきたところで顔を上げると、前方に人影を見つけた。

 ピンクのぼんぼりがついた可愛らしい毛糸の帽子。チョコレート色のコートに赤とピンクのストライプのマフラー。耳宛てもついている帽子から伸びている黄朽葉色は長く、その人の動きと一緒にふわりと揺れる。
 小柄な女性の隣には、背の高い男性の姿。
 濡羽色の髪は短く、それよりも少し明度の明るい黒いコートをモデルのように着こなしている背中。立ち姿の美しさに見覚えがある。
 彼は綱吉の接近に気付いたらしく、わずかに気配が揺らいだ。

 確信を持ってその名前を呼ぶ。
「京子ちゃん。ヒバリさん」
 今でも温かな気持ちを抱く彼女はぱっと、守護者になっても恐怖を感じる彼は迷惑そうに、揃って振り返った。
「ツナ君! ツナ君もこっちに戻ってたんだ」
「うん。二人もなんだね」
 今やイタリアで会う事の方が多い同窓生達。
 ツナは奇跡的に取れた休暇でこそりと日本へやって来ていて、まさかこんな偶然があるとは思わなかった。
「すいません、邪魔しちゃって」
「全くだね」
「本当に申し訳ございません」
 漂ってくる怒気混じりの冷気に平謝りしていると、京子はこれが和やかな会話だと思っているのかにこやかに見ていた。

 そういえば、この二人も"変わらないもの"だ。
 十年も前から寄り添い続け、きっとこの先も変わらないだろうと思わせる。

「ヒバリさん、京子ちゃん」
「なあに?」
「なに?」
「写真を撮っても良い?」
 持っていたカメラを構えて、許可を取る。
 フレームにはきょとんとした二人の顔。すぐに我に返った雲雀が眉を顰める。彼も見慣れると中々表情が豊かな人だ。
「私は大丈夫だけど……」
 京子は小さな頭を巡らし、不機嫌な彼に目で伺う。
 ツナからも分かる卑怯なほど可愛らしい上目遣い。彼女にだけは甘い彼は、渋々了承する。雲雀の気が変わらないうちに、と綱吉は彼等から距離を取った。

「じゃあ、いくよー」
「はーい」
「はい、チーズ!」







 カシャリ、と機械が動く音。
 十年前に使っていたカメラはもう。骨董品に近いぐらいの代物になっていた。
 けれど撮った写真はきっと美しいもののはずだ。

 冬の空気の中で華やかに笑う彼女と。
 大気と同じくひやりとした表情の彼。
 そんな二人は、ただただお似合いだった。


「ありがとう! じゃあまたあっちでね」


 イタリアへ帰ったら、写真を撮ろう。
 かつてのように、大事なファミリー達の現在(いま)を。


 そんな計画を立てれば、闇の家への帰還も楽しいものと思えた。






青井しずかさんから誕生日プレゼントで頂いた絵にSSを書かせていただきました!
幸せをありがとうございます。
この絵はしずちゃんへ捧げます!!



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