仕事上のパーティはあまり好きではない。
 しかし、今日ばかりは楽しみにしている自分がいる事をディーノは自覚していた。



65 色あざやかな謀【はかりごと】



 ゆるやかに停車した車の中、外から扉が開くのを待つ。
 いつもなら自分でさっさと出ていくところだが、今この場では体面の問題がある。扉を開けた部下を目で労い、外へ出た。
 振り返り、後部座席の奥に座っている人間が出てくるのをやはり待った。
 するりとしなやかな足が伸び、控えめだが確かに煌びやかさを主張するヒールの先が地面につく。
 ディーノは身を屈め、車から降りようとする彼女に手を差し出す。
 載せられた手の爪はパールホワイトに彩られ、指によっては赤い薔薇の花が咲き、ライトローズのラインストーンが煌くネイルアートを施されて目を引いた。
 手より上の腕を彩るブレスレットはシルバーの輝き。細い環のそれは手首の繊細を強調する。
 腕の持ち主が上半身を乗り出し降りてくると、後方から息を呑む気配がした。恐らくはパーティが開かれるこの屋敷の警備の人間だろう。
 無理もない。彼女を前にして何も反応しない人なんていないだろう。
 ゆるやかにまとめたトパーズよりも少し濃い色の髪がさらと揺れれば、髪飾りになっている赤薔薇が震える。
 頬に影を落とす長い睫毛、可愛らしい小さな鼻に、大輪の鮮やかな花と同じ色の唇から穏やかなソプラノが紡がれた。
「ありがとうございます、ディーノさん」
 まだ少女から抜け出したばかりという印象をもたらす女性は、可愛らしい顔を綻ばせる。つられてディーノも目を細めた。
 元々美しい娘だったが、なんと見事に成長した事だろう。
 ホルターネックのシンプルなロングドレスは漆黒で、絹独特の光沢が彼女の真珠の肌の白さを際立たせる。胸元が深めに開いたVネックラインや大胆に見える背中は男の目を奪い、誘惑した。
 胸下のベルトはアクセントになっているのだろうが、女性の細さを強調するばかり。踝まであるロングドレスのフロントのスリットは深く、歩くと覗く白い脚が眩しい。
 セクシーなイブニングドレスを完全に着こなした女――笹川京子は、アイシャドウで薄く色づいた瞼を瞬く。
「楽しそうですね」
「ああ、そりゃあな」
 笑みを深めたディーノは左腕を軽く曲げ、京子が小さく会釈をして掴まる。
 可愛い弟分が好意を抱いていた女の子。優しいこの子を妹のように思っていた。
 花開くような綺麗な成長を喜ばないはずがない。
「ツナもお前も大きくなったな」
 言外に含まれた様々な意味を正確に受け取ったらしい女が、瞳を細め唇を吊り上げる。ブラックドレスに似合う、チェシャ猫の笑み。
 ディーノも笑う。闇の世界に轟く、黄金の跳ね馬の二つ名の通り、黒く華やかに。


 今夜のパーティは裏社会の人間だけのものだった。
 マフィアの王とも言えるドン・ボンゴレ直々に赴くほどでもない、けれど誰も出席しないのはやや問題のあるクラスの夜会。
 名代として指名されたのは、つい先日より幹部として姿を見せ始めた女。そのエスコートを命じられたのはドン・キャバッローネ。
 綱吉は、寵愛する京子と、ボンゴレとキャバッローネの仲を改めて知らしめる為にこの布陣にした。
 パーティへの出席にも様々な利害を絡ませる、上に立つ者らしい計算に、ディーノは一抹の悲しみとそれを上回る喜びに喉を鳴らす。
 弱く優しかった弟分。他者を思う愛すべき心根は変わらずに、闇の世界に住む者としての確かな成長がある。それが嬉しい。
 恋人ではないが無二の対だと綱吉が公言する京子もまた、"同じように"大きくなっていて、ディーノは相好を崩してばかりだ。
 小さな子の成長はなんと喜びをもたらすものだろう。

 これから先が楽しみで仕方がない。
 彼等はどこまで昇っていくのだろう。
 ちり、じり、と燃える炎に身を焦がされる錯覚を覚え、ディーノは下唇を舐めた。
 どこまでも駆け上がるが良い、と腹の底で何かが言う。
 残酷に笑う黒いケモノ。
 それを飼うブラックスーツの男は、上げるようになった前髪を軽く梳く。隣では極上の女となった娘がくすくすと笑う。

「おし、行くか」
「はい。宜しくお願いします」

 パーティ出席者や主催者から情報を搾り出し、あわよくば潰してしまえという密名を持っている事など微塵も感じさせぬ余裕を纏い、二人は歩き出した。




人気投票の十年後ディーノさんは素敵過ぎました。
助言をくれた友人サンクスv





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