*随想録のイベントのひとつから妄想です。未プレイには分かり辛い内容となっておりますのでご注意ください。


























 人に髪いじらせんのは好きじゃねえんだよ、と。
 そう言ったはずなのに。



66 さしでがましいリアリズム



「お茶をお持ちしました」
 そう声をかけると室内からすぐに「入れ」と応えがあり、千鶴は音を立てずに障子を開けた。
 部屋の主である新選組副長は今日も忙しいらしい。朝餉には姿を見せていなかったので、こうしてお茶を持って来た次第である。
 食事も取れないこんな日、時々ではあるが彼はいつかのように髪を結っていない事がある。はじめは驚いた千鶴だったが、最近はしばしば見かけるので慣れつつあった。
 文机の邪魔にならない位置にお茶を置くと、土方は顔も上げずに礼を言う。
「悪ぃな」
「いえ。何かおにぎりでもお持ちしますか?」
 昨日用意しておくように言われた外出用の着物を横目で見ながら訊ねると、やや間を置いて答えがあった。
「そうだな、頼む。今日は昼前には出かける」
「分かりました」
 さて材料は何があるかと頭の中で思い浮かべかけたところ、土方が視線だけをついとこちらを向けたのに意識を戻される。
 彼は何事もなかったように手元の筆に目を落とし、また作業を進め始めた。
「……髪を、結いましょうか?」
「おう。任せる」
 短い言葉は素っ気無い。けれど、口元がほんのわずか満足そうにそれで良いんだよ、と言っている。
 千鶴は櫛を片手に土方の豊かな黒髪を手に取って、口の中でだけ呟いた。
「(好きじゃないって言ったのに)」
 流し目ひとつで千鶴が察して動き、髪を結う事を、いつの間にか当然としている男。仕事に集中している姿に心臓がとくりと音を立てる。  どことなく悔しくて、千鶴は結い紐の縛りをほんの少しだけきつく締めようと考えた。


 結局ささやかな仕返しは実行されず、少女の手には男の髪の感触だけが残った。





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