急に寒くなった秋のはじめ。
 細かな霧雨が降っていた。



68 理解ある混迷




 オレンジ色のやわらかい光が夜道を照らす。
 傘を差してもひっそりと全身を濡らしていく雨に、俯きがちで歩いていた。

 ふと見た前方。
 道を明るくしている街灯の下、冷たい雨にも関わらず傘も差さずに空を見上げる男――恋人の姿。
 彼は、こちらに気付いているのかいないのか、反応せずにぼんやりと暗い闇を見続ける。

 光があるから分かる、本当に細かな水の粒。黒にじんわり溶ける橙の光。
 夜に混ざりそうな黒い装いの彼。

 何を、見ているのだろう。
 彼は今の自分の顔を知っているのだろうか。
 なんて表情で、世界を見る。

 悲しさに消された恋しさ。
 憎しみに塗り潰された愛おしみ。

 ――涙が出た。

 彼が本当は何を見て何を思っているかは分からない。
 でも。
 彼こそがきっと一番に世界を求めていたのに。
 焦がれていたこの世は最上の醜さで彼を襲い、六道骸は全てを拒絶した。


「ひっ……」

 嗚咽を堪えようとして、変な声が出た。
 傘を取り落とさぬようにしながら、涙を拭っていると、ふっと目の前が暗くなる。
「京子? どうしたんですか?」
 青と赤の瞳が顔を覗き込んでくる。言葉と裏腹に目と表情の温度は冷たいのが彼らしい。
 首を振って、なんでもない事を伝える。
 もちろんそんな否定は信じてもらえないけれど、追及はされなかった。しても、私が答えない事が分かったのかもしれない。
 やっと涙が止まってきて、顔を上げる。こちらの目線よりも高い位置にある彼の顔は不機嫌そうにそっぽを向いていた。
「骸さん?」
「僕も落ちたものです」
 呼び掛けの最後に被る発言はやや苛立たしげに飛ぶ。
 意味が分からず、首を傾げた。雲雀さんと違った意味で守護者最凶の誉れ高い人が、力を落としたとは思えない。
「君の気配は身に馴染み過ぎて、最近は気付きにくくなりました」

 涙がまた流れた。


 大切なあなた。
 どうかその言葉の重みを自覚して。
 心臓が止まってしまうわ。




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