行く所があるんだと、と彼が言った。
 たまたま会って一緒に歩いていた途中、別の道へ繋がる踏切の前。



81 秘める


「あっちに?」
「うん。せっかく会えたんだけど」
 残念そうに申し訳なさそうに笑い、頬をかく綱吉に、そっか、と京子は頷く。
 踏切の通った道の先には商店街がある。買い物や用事があるのだろう。
 春へ向かう季節の風は温かい。大気の動きに遊ばれる髪を押さえ、踏み出そうとする綱吉の背中に声をかける。
「ツナ君! ツナ君がイタリアへ行く日は、私も見送りに行くからっ」
「ありがとう」
 振り返り、眉をふにゃりと八の字にして彼が笑う。
 無理して笑っている顔は最近良く見かける。その度に京子の胸はしくんと痛んだ。
 綱吉は再び歩き出し、早くも遅くもない速度で踏切の向こうへ辿り着く。今度は呼んでいないのに彼が回れ右をして、動けずにいた京子を大きな声で呼んだ。
「京子ちゃん!」
 同時に、踏切がけたたましい音を立て、黒と黄色のレバーが下がり始める。
 何か言い忘れた事があるのかと綱吉の元へ走りだそうとしたが、当の本人に手を振って止められた。
 列車の接近を知らせる甲高い音はとても大きい。踏切の向こうで綱吉の口が動いていて、彼は言葉を伝える気がないのだと理解した。
 カンカンカンカンと警告音が響く。その中で動く口元を、今にも剥がれそうな仮面の微笑を見詰める。
「ツナ……君」
 彼は構わず話し続けている。泣いちゃ駄目だ、と京子は歯を食い縛った。

 電車が踏切を通り過ぎた後、綱吉はもうそこにおらず、周囲は立ち止まる京子に構わず歩き出す。邪魔にならないよう移動しながら、我慢していた嗚咽を零した。
「ふっ……う……」
 卑怯で優しい少年。あんなに大きな音で声がかき消されてもまだ不安だったのか、彼はイタリア語で喋っていた。

 彼は知らない。
 京子がリボーンから読唇術を習った事を。イタリア語の勉強をしている事を。
 だから彼女は、綱吉の言葉を正しく理解していた。

『きちんと話す事が出来なくて、ごめん』
『オレはマフィアになりにイタリアに行くんだ』
『京子ちゃんに話したいとも思ったけど、話したくないとも思って……こんな形を選んだオレは、やっぱりダメツナだよね』
『ごめん。京子ちゃん。
 何に、何で謝ってるのか、自分でも分かんないんだけど』

『ごめんね』

 彼の細められた目尻には、太陽が当たって光るものがあった。

「――――私こそ、ごめんね」

 隠したかった本音を全て気付いてしまっている事をそっと詫びる。
 兄が、彼が、遠ざけてくれた闇の世界。
 自分はとうに気付き、もう踏み入れて、この先進もうとしている。
 綱吉がそれを喜ぶかどうかは分からない。たとえ怒られても、泣かれても、彼や兄、友人達と同じ道へ行くと決めた。

「あなた達が行くところへ、ついていきます」

 今別たれたこの道を、いつか自分の意志で同じものに。


 カンカンカンカン。

 否定も肯定もしない、踏切の音がした。






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