82 ひろいあつめて着飾って




 外から戻ってきたら、撫子が珍しい格好をしていた。
「おかえりなさい、トラ」
「その服どうしたんだよ」
 上に着ている白いシャツよりも目がいくのは下に履いているジーンズだ。記憶にある限り、お嬢様育ちの撫子がそういった出で立ちしているのは見たことはない。
「これ? 動きやすそうだし、丈夫だし、汚れも目立たないから良いと思って」
 彼女は艶やかなみどりの黒髪も首の横でシンプルに結い、事も無げに続ける。
「この世界に合った服を着ていくわ。私はここで生きていくんですもの」
 言い切る姿の眩しさに、寅之助は目を細めた。
 シンプルな格好をしていても感じる美しさが、眩しい。
 さらりと口にされた撫子の選択も心を震わせる。彼女はこの世界の、この自分を選んだ。そのことを形として手に取れるのは悪い気がしない。
「お前、やっぱりいい女だ」
 小さな頭を引き寄せてその額に口付けつつ、撫子のあの甘やかな白い装いも自分は嫌いではなかったと知る。
 だが、簡素な姿で、寅之助の言葉に薄っすらと頬を染めた今の彼女が一番綺麗だ。
「ありがとう。似合わない訳じゃないみたいでほっとした。――それより、トラ」
「あ?」
 黒曜石の瞳が何かを乞うようにこちらを見ている。その柔らかさを知っている唇が小さく不満げに結ばれていて、撫子が何を求めているのか考えを巡らせた。
 つらつらと彼女とのやりとりを思い返し、どこが引っ掛かったのか考える。あまり頭は良くないが、今回はすぐに答えに辿り着くことが出来た。
 頬が緩む。首に回している自分の腕の力を強めて、撫子との距離をさらに近くした。
「ただいま、撫子」
「おかえりなさい」
 満足げに彼女は笑った。

 壊れた世界で、自分達はささやかな挨拶を交わし、日々を重ねていく。互いが死ぬまで繰り返して。




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