*わずかに死にネタ。嫌いな方はプラウザバック推奨。










 夏の暑い日、隣で日傘を差して歩いていた彼女がぽつんと言った。
「私ね、蝉って七日しか生きられない、短命の象徴みたいに思ってたの」
 いきなり何事かと彼女を見れば、その視線の先には、日差しで熱せられたアスファルトの上に転がる虫の死骸。
「本当は、虫の中ではとても長いんだって」
 暦の上では秋ながらも猛暑日と言われる気温の中、彼女の声音は熱を感じさせない。それどころか背筋をひいやりとする何かを含んでいる。
「でもやっぱり、そのほとんどが土の中にいて、地上で生きているのはとても短い時間で」
 水の中を泳ぐ魚のようにするりと歩く彼女の横顔は汗など流れず、乾き切っている。こちらの返事がなくても構わないのか、返答しないでもその口上は止まらない。
「誰にも食べられないで、誰にも捕まらないで、天寿を全うして死んでいく蝉は、最後、はどう思うのかな」
 くるりと回る日傘。日光の遮る傘の黒はどこでも見るものなのに、なぜかひどく禍々しく目に映る。
 彼女がこちらを向いた。
 整った美貌が微笑している。瞳と表情のぞっとする空っぽさ。
「安らかなのかしら。苦しいのかしら」
 白を通り越して青い顔で淡々と紡がれる、小さな虫の今際の際の想像。
「穏やかなのかしら。無念なのかしら」
 蝉の事を話しているが本当は違う存在を思い描いているのだと、その目で知れる。
 彼女は彼女の"たった一人"を見ている。
 自分達に多大な影響を与えた黒き殺し屋。かつては赤ん坊で、近年彼女の夫になったあの男は、今はもう亡い。
「土の中に比べたら、一瞬みたいな空の上で」
 夫の死からずっと喪服を着ている彼女――笹川京子がついと上げた目線を追い、綱吉も空を見上げる。
 どこまでもすかんと青い夏の空。
 種類の違う蝉の鳴き声はそう遠くない内に絶えるだろう。
 硬く熱いコンクリートが死に場所となった小さきものに目を戻す。

 長い時を闇で生きたもの。
 どのように想い、息絶える。

 永い時を呪いと生きたひと。
 どのように想い、息絶えた。




 蝉の死骸と女の衣が、夏の陽に焼かれていた。




86 爛れても無臭





夏の終わり、蝉の鳴き声から唐突に思ったこと。
ころんと道端で生を全うした彼等は最後苦しいのかな、と。






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