青薔薇ルート設定
少し特殊。京子ちゃんが複数と関係があるような描写があったり、誰かの子供が出てきたりします。
東の小さな島国。ジャッポーネ。
老身に鞭打って私はやって来た。
行き先は空港からはるか遠い田舎町。周囲に民家のないような山奥。
その屋敷は大きくもなく小さくもなく、森に隠れるように建っていた。
取り囲む塀も、警戒する警備の人間もいない。極々普通の民家。屋敷の主人が前住んでいたところを知っているだけに、その違いに驚く。
もしやこの来訪を事前に察知されており、なにがしかの罠が張られているのかとも思ったが、死が怖くないと感じる年齢になったせいか、気付いた時には呼び鈴のボタンを押していた。
機械越しで誰何されるとばかり思っていたところ、突然扉が開いた。
「どちらさまですか?」
「確認せずドアを開けるのは物騒かと」
かけられた言葉は自分には理解出来ないもの。恐らくは日本語だろう。構わずにイタリア語をぶつける。相手は理解出来るのを知っている。
会うのは何年ぶりか。
追いかけ続けた女は、目をぱちぱちと瞬いて、ああとばかりに息を落とす。
「刑事さん」
「お久しぶりですな、青薔薇」
マフィア・ボンゴレファミリーの女幹部。刑事人生の全てを賭けて逮捕をと躍起になっていた犯罪者。
ボンゴレ十代目の引退と同時にイタリアから姿を消した。
あの時感じた大きなもの――怒りとも絶望とも呼べた――は何年、何十年経っても消えずに燻り続けて、警察を退職し、体力の衰えを感じるぐらいにまでなって、後悔したくないと一縷の望みを掛けて探した。
「驚いた。なぜここに?」
「あなたに会いに」
また青薔薇が目を丸くする。ああ歳を重ねても、その瞳は変わりがない。
「捕まえにきたのかと思ったわ」
「そうしたくても、もう私は刑事ではないし、あなたが行った犯罪はどれも証拠がない」
だからこそ、現役時代にその細い手首に手錠をかけられず、何度煮え湯を飲んだか分からない。
「どうぞ中へ」
「いや、ここで結構。私はあなたと慣れあうつもりはない」
ボンゴレファミリーは住民側に立てる伝統的なマフィアで、早々とボスの座を退いた十代目は随分と事業内容をクリーンにしたとて、彼等はやはり裏の世界の人間で。
正義の組織に身を置いていた自分はどうしても許せない。
「ただ一言、伝えたかった事がある」
「なにかしら?」
頭に載せていた帽子を手に取り、深く息をする。
まるで初恋を告白する少年の心地だ。
「私には妻も子もいるが―――憎むべき犯罪者であるあなたに、惚れていた。一目見た時から、ずっと」
黒い装いの男達の中に咲いていた一輪の薔薇。
若い自分は、警察とマフィアがにらみ合う険悪な空気の中、彼女に目を奪われた。
「だからこそ私の手で捕まえたかった」
「あなたはしつこかったね」
「そう。おかげでドン・ボンゴレや幹部共からさんざん睨まれたよ」
「ふふ」
殺されるからやめろ、と同僚はおろか上司にまで止められた。
それらを吹っ切って捜査に走り続けたのは、やはり愚かな恋がなせる業だったのだろう。
「伝えられて良かった」
「私はびっくりしたわ。もう心臓もそう丈夫じゃないのだから、やめて」
「私も同じさ。ところで、あなたは今―――」
「「おばあちゃん!」」
問いは途中で遮られた。
彼女は後方へ何者かに引っ張られ、自分は誰かに押されて後退る。開かされた距離が物寂しさを誘う。
「おばあちゃんに近づくな」
「あなたは誰です?」
青薔薇を背にやった黒髪黒眼の少年がギラリと睨んでくる。その前には自分を思いきりつき飛ばした黒髪オッドアイの少年が冷たく尋ねた。
「……孫がいたのか」
「ええ。子供が何人かいるの」
衝撃的な事実。ボンゴレ十一世の母親ではないかと噂される彼女に、まだ他にも子がいたのか。孫達の年齢から考えるに、彼女がイタリアを去った時には既に伴侶や子がいたのだろう。胃が気持ち悪い。あれだけ執念深く追いかけていたのに、そんな情報はとんとなかった。
「二人共、その人は昔の知人よ。攻撃しては駄目」
「そうなの?」
「だったら先に知らせておいてください」
「ごめんなさいね。突然だったから」
穏やかに孫に謝る老婦人。しかし話しの内容はさりげなく物騒な単語が混じっていた。
「そう。じゃあおばあちゃん、さっさとこの人返した方が良いよ」
「ええ。おじいさん達が来るそうです。もう一人の子も」
「え」
「今連絡が入りました」
「あと二十分くらいで着くってさ」
いつだって笑顔のキョーコ・ササガワは、顔色を変えた。
「刑事さん。来てもらったところ申し訳ないのだけれど、早く立ち去って。
でないと殺されるわ」
「青薔薇?」
「あなたも知っている、一番物騒な人達がここへ帰ってくるって。
私といるところを見られたら、間違いなく消されてしまう」
刑事という単語に反応し、臨戦体勢になっている少年達の顔を見て納得がいった。どこかで見た事があると思ったのだ。
彼女の孫という彼等の顔は、自分も良く知っているボンゴレ幹部達のそれと瓜二つ。
「言いたい事は伝えた。
私は既に妻を裏切っている身だ。不用意に死んで、これ以上悲しませない。失礼する」
「さようなら」
「さようなら。私の薔薇の女神」
「「早く帰れ!!」」
怒声の二重奏に背を押され、早々とレンタカーへ足を進める。
運転席に入る際に見えたのは、孫に手を引かれて家へ入っていく彼女の背中。ずいぶんと小さくなった。自分も人の事は言えないが。
「あなたは今、どうしているのか。幸せなのか」
幸せならば良い、と心から言うには、彼女の罪を知り過ぎていて。あの少年達に邪魔されて逆に良かったのかもしれない。
納得して、車を発進させた。
時の流れは色々なものと変化させるものだと、改めて考えながら。
061:悠久の時の流れの中
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