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「知ってたよ」
 全てを打ち明けた自分に、彼女はあっさりと言った。
 穏やかですこし悲しそうな顔。
 ―――ざん、ざざ、ざざざざ。
 波音が、うるさい。


095:海の青、空の蒼



「いつ、から……」
「最初から。中学1年、2年くらいの頃かな。
 並中の子が襲われた事件があったでしょう? あれぐらいから、ツナ君達が危ないことに係わってるの分かってた」
 彼女が言ったのは、本当のほんとうに最初の出来事に近しく、ツナは眩暈を感じた。

 はじまりは何年か前。
 普通のダメな中学生だった自分が、リボーンと会って巻き込まれた数々のこと。

 守りたいひとたちがいた。譲れないものがあった。帰りたい場所があった。
 だからツナは戦ってきて、進む道を決めた。

「……ごめん」
 ぐるぐるマーブル状になった頭が、そんな一言を口から押し出す。
「なんで謝るの? ツナ君」
「お兄さんを巻き込んで……君を巻き込んで、ごめん」
 ヴァリアー戦で、彼女の兄は闇の世界の人間として知られるようになった。
 そして彼女――笹川京子は、ボンゴレ十代目候補の近しい友人として、時として敵に狙われ、拉致された事もあった。
 その度に助ける事は出来たけれど、いつも下手な言い訳で誤魔化してはきたけれど。

「ごめん……」
 すべてを知っていたという彼女は、どれほど怖かっただろう。

 それなのに彼女は笑っていた。
 いつもと変わらず、輝ける笑顔で。
 ツナや仲間達を幾度も死地から引き戻してくれたそれの裏で、彼女は何を思っていたのか。
 ―――泣いたの、だろうか。

「京……」
 呼びかけは途中で途切れる。彼女が瞳を眇めた、それだけで後が続かない。
 眼が語っていた。
 彼女が叫びたい非難も糾弾も、それらすべてを飲み込んだ許しも。
 もう何も言わなくて良いと述べられて、ツナは黙り込んだ。そんな顔をされたら口を噤むしかない。
 終わりだ、と思った。
 この先、存在する世界が違ってしまっても、ずっと交流を続けていきたいと願っていたけれど、もう駄目だ。
 マフィアと一般人が一緒にいる事なんて、土台無理なのかもしれない。
 彼女がいないこれからを想像して寒気が走っても、その安全を考えれば耐えなければならないものなのだ。

 ざ。ざざざん、ざざざ。
 彼女の背中の向こうに見える、砂浜に打ち付ける波を、ツナは恨みがましく見る。
 不変なるもの。
 変わろうとするツナと京子とは違うもの。
 ああ―――消し去りたい。

「いつか私もイタリアへ行くわ」
「え」
 言われた意味が分からず、ツナは瞬きを繰り返す。
 彼女は一体何を言っている?
「ツナ君が立つところへ、行くよ」
「何を馬鹿な……!」
 事も無げに言う彼女に、咄嗟に怒鳴った。
 ツナが行くのは闇の世界。血で血を洗うマフィアの頂点。
 そんなところに彼女はいてはいけない。
「ずぅっと知らない振りをしてきたけど、これからはみんなと同じ場所にいたいの。
 それが叶うだけの力をつけてから、私はみんなを追いかける」
「きょう、こ……」
 全身を駆け抜けるのは、紛れもない歓喜だった。狂喜とさえ言えるかもしれない。
 誤魔化す事の出来ない嬉しさ。
 彼女にはお日様の下で笑っていてほしいと心から思うのに、同じ位の強さで共に暗い闇の底に在ってほしいと願っている自分をツナは初めて知った。

 知ってしまったが故に、彼女の言葉はとてつもない誘惑で。
 振り払うのは、多大な時間と労力を必要とした。
「……駄目だよ、京子ちゃん」
 声が掠れる。
 目頭か熱い。
 ああそれでも言わなくては。
 意を決したツナがうつむいていた顔をあげる。
「っ!?」
 そして息を呑んだ。
 眼前に光るのは小さくて白く、美しい青薔薇が咲くもの――彼女が持つはずはない、拳銃だった。
「この事に関しては、私、誰の止める言葉も聞かないわ。
 たとえそれがツナ君の――次期ボスの言う事だって」
 彼女の手の中にあるものが紛れもない凶器だと本能が告げる。
 驚きと、戦う者としての本能がツナを動かさない中、彼女が小さく「左耳を塞いで」言った。
「え?」
 問い返しこそしたけれど、ツナの手はすでに左耳を覆っていた。
 瞬間、銃身が横にずれると同時に、引き金が引かれる。数々の戦いを経験してきたツナの体は考える前に右へ跳び、気配で京子が逆側へ飛んだのを察した。
 すぐさま体を反転させる。
 銃口の直線上には、見え辛いが何者かが倒れているのが見えた。

 ――有り得ない。
 京子の正確無比な腕もさることながら、こんな小ぶりな銃での射程距離もおかしい――違う。考えるべきはそんな事じゃなくて。
 思考がぐるぐるして、ツナは頭を振った。
「ごめんね」
 銃を両手で包むように持ち、ツナの聖女は謝罪の言葉を口にする。
「知らない振りを続けられなかった弱い私を、どうか許して」
「――――っ!!」
 がくん、と身体から力が抜けて、その場に膝をつく。
 彼女にこんな道を選択させたのは自分と仲間達だと、自覚があった。


「ごめ……ごめん、京子ちゃん……!」
 謝るべきは彼女ではなく、むしろ自分の方だ。
 その選択を止めたいと思いながら、歓喜している自分の。
 ―――もう、彼女を手放すことは出来ない。
「……ごめん……」
 掌で両目を覆って、指で前髪を掻き毟る。
 布越しの砂の感触が気持悪い。潮騒が鬱陶しい。吐く息が熱くて、気持ち悪い。

 彼女は何も言わず、ツナも謝罪以外何も言えない。
 そんな中、サクサクと砂を踏む音がした。
 誰か近づいて来ているのかは、気配で分かる。彼が、ツナをそう鍛えた。
「よォ、京子。良い一発(ショット)だったぜ。さすがオレの弟子だけある」
 かけられる言葉は、教え子の成長を誉める教師のそれ。
「なにへたりこんでやる、ダメツナ。しっかりしやがれ」
 容赦のない言葉は、教え子の失敗を怒る教師のそれ。
 いつもなら何メートルも飛ばされる蹴りがくるはずだが、今は軽く足に衝撃がくるだけだった。
「お前は、いつまでそうやって京子の決断を侮辱し続けるつもりだ」
「!!」
 はっとして顔を上げる。
 さきほどと変わらずツナの前に立つ彼女は、泣きそうな顔をしていた。

 瞳に溜まった雫は今にもほろりと零れそうなのに、決して流れ落ちない。
 それが彼女の意地だと、じわじわと頭の後ろから理解が迫ってくる。

 知らない振りを続けてくれた彼女。
 ツナが反対しながらも喜んでしまう道を選んでしまった彼女。
 どちらもツナを――ツナ達を想ってくれたもので。

「――――――ありがとう。京子」

 だからもう、それしか言えなかった。



わえちゃんから頂きましたv



 彼女の背に広がるは海の青。それよりも高く在る空も青く。
 白い拳銃に咲く薔薇も――美しく青くて、目に沁みる。


 ボンゴレ十代目となる少年は、海と空と薔薇の青に一筋の涙を流した。




 一番理想の彼女の進む道と進み方
 追記:17〜18歳頃なふたり



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