青薔薇ルート青薔薇ルート設定



 光の螺旋を泳いだ。
 けれどそれは錯覚で、実は真っ暗闇だったのかもしれない。

 ただ確かな事は。

『守って』
 耳をつんざくような。
『守って!』
 女の人の叫び声。

『私の半身を―――守って!!!』

 どこかで聞いたような声だった。



 目覚めはゆるやかに。
 視界に映る部屋の様子に違和感がある。

 ―――ここじゃない。

 起き上がり、物音を立てないように部屋を出た。

 ようやく慣れたばかりのはずの道を、体がすいすい進んでいく。
 まるで長い時間過ごし、どこになにがあるか知っている自宅を歩くみたいだな、とぼんやり思った。
 意識はまだ夢の中にいるようにぼやけている。それなのに、手足は軽やかに動く。まるで自分じゃない誰かが操っているみたい。

 初めて見るような通路。映画みたいに電子ロックがある扉。
 開け方が、分かる。

「貝の蓋は開く。ここは我の家なれば」

 壁面操作盤のマイクに向かって言葉を放つ。
キーワード確認――声紋照合、認証。
 センサーに手を当て、指紋照合、認証。
 光が顔を上から下に走り、網膜照合、認証。
 最後にセンサー横のキーボードの決まった数字を叩いて、暗証番号を入力。
 ――確認完了。
 フシュ、とロックが外れた音がした。

 こんな言葉も、こんなやり方も、こんな場所も知らなくて。
 泣きたくなる。
 でも私にワタシの体の自由は存在せず。

 足が勝手に、閉ざされた通路へ進もうとする。

 と、そこへ。
「止まるんだ」
 腰に手が回されて、ぐいっと身体を引かれる。私の視界を塞ぐ大きな掌。
 開いた扉が自動的に閉まったのが音で分かった。
「どうして君がここにいて、この扉を開けられる。笹川京子」
 耳元で低い声に囁かれて背中から腰がゾクゾクした。声に鋭いなにかが含まれている。たまらなく怖いのに、やっぱり身体は反応しない。
(分かり、ませ……)
「ここは私の家ですよ、雲雀さん。鍵の開け方くらい分かります」
 口が動いた。すらすらと淀みなく、意思と全く異なる言葉を紡ぐ。
 並盛中学でその名を知らない人はいない風紀委員長さんの将来の人と、私はこんな風に親しく話せはしない。
「? 君は―――」
「離してください。私、行かなくちゃ」
 行かなくちゃ。
 私の言葉ではないけれど私が放ったその一言が、脳を大きく揺さぶる。
「――い、か、なくちゃ?」
 覆われている黒い視界を走る映像――場面。
 黒い服を着た人達は皆険しい顔で。その中で唯一ストライプのスーツの人が立ち上がる。止めて止めてあの人を止めて。止められないなら一緒に行くから。行っちゃ駄目。だって行ったら。
「死ん、で、しまう、から」
 ふわりと微笑む男の人。良く知った笑顔。苦い顔する人達もまた、見覚えが。面影がある。
(ああ、そうか)
「笹川京子!」
 厳しい呼びかけと同時に目を隠していた手がなくなり、入れ替わるように青い炎のようなものが顔を包んで、恐怖を感じるよりも先に意識が溶けていく。

(これは)

「―――――――みらいの、きおく」

 そこで思考は途切れた。



「恭さん!? どうしたんですか!?」
 ふらりといなくなったかと思えば、少女の笹川京子を抱いて帰ってきた主に草壁は悲鳴をあげた。
 いったい何がどうなって彼が彼女を抱き上げているのか、見当もつかない。
「ボンゴレのプライベートエリアに入り込んでた」
「馬鹿な……何故です」
 ボンゴレのセキュリティシステムは伊達じゃない。
 雲雀が言っているであろうプライベートエリアは、ボンゴレのボスやその周辺の者の部屋がある、それこそアジト内で最も厳しいセキュリティが敷かれている場所のはずだ。
「正規の手順を踏んで、入る寸前だったよ
 どうやって過去の自分に記憶を残したのか。さすがは青薔薇、といったところだね。七つの属性に分類されない、稀有な炎の持ち主のだけの事はある」
 指輪と匣を調査する男はギラリと目を輝かせる。獲物を前にした肉食獣のように喉を鳴らし、腕の中の京子の顎をさらりと舐めた。
「今の彼女が帰ってきたら、一度色々と話してみるのも良いかもね」
 クツクツと笑う雲雀は手合わせを望んでいのだろう。京子の首筋に鼻を擦りつける様は、恋人に愛を囁いている姿に似ていた。
「とりあえずは彼女を横にしなければ」
「あっちに戻るよ」
「こちらの医務室ではないので?」
「起きてまた中心部に行かれても面倒だし、雨の炎で眠らせたから経過を見る」
「了解しました」


『守って!!』
 身を切るような絶叫。
 どこかで聞いた事があるような声は、お母さんと私の中間の高さをした――未来の笹川京子のもの。
 今の私がぼんやりと思い描く道を行った人。

 きっと私は未来の記憶を忘れてしまうだろうけれど。
 "私の半身"は、必ず――――絶対に守るから。

 だから、どうか。


 私よ泣かないで。




35 危険因子を孕んでる





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